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君の名は?

 果たして事件に関係があるのかないのか、今のところは判断がつかない。


 とにかく本部に戻ろう。

 聡介達はマンションを後にして歩き出した。

 ここから署までは歩ける距離だ。


「目撃されたその外車の持ち主っていうのは、そのスジの人間でしょうね、きっと」友永がぽつり、と言った。「俺の勘ですが。港ってのは、麻薬取引の温床ですからね」


 確かに。

 聡介もまったく彼の意見に同感だった。


「坪井課長に連絡をとってみるか」

 携帯電話を取り出し、ふと、先日のやり取りを思い出した。


 県警内の誰かが、暴力団関係者と癒着している。その噂のターゲットとして挙げられているのが、坪井課長の部下である重森巡査部長。


 かつて聡介に刑事の仕事を教えてくれた人。

 

 まさか、という思いと、もし本当だったら……? という不安。


 その時だ。


「班長、あそこ……」

 友永の声で我に帰る。 


 一人の女性が海に向かって歩いている。手には花束。


 立入禁止のテープを前にして身体の向きを変え、少し離れた場所から花束を海に投げ入れる。

 

 被害者の知人だろうか。

 聡介は声をかけてみることにした。


「こんにちは」

 そして。振り返った女性を見て聡介は驚き、しばらく思考が停止してしまった。


「……聡介君?」


 相手も驚いている。


 忘れもしない、彼女の名前は……。


「あ、あんたは……!」

 友永も驚いた様子を見せている。

「あら、いつかの刑事さんじゃない」


 彼女の名前を聡介は知っている。重森貴代しげもりたかよ


 聡介が初任課……警察学校にいた頃の同期生である。記憶が間違っていなければ、彼女は女性警官の一人であり、交通課勤務をしていたはずだ。

 

 そして。聡介の先輩刑事であった、重森の妻である。


 それが、どうしてこんなところに?


「聡介君達、なんでここに? あ、もちろん仕事よね」

 貴代は屈託なく笑う。

 加齢による多少の変化は避けられないが、若い頃とはまた違った美しさがあった。


「そういえば、何か事件があったらしいじゃない。今は宇品東署にでもいるの?」


「……捜査1課だよ」

 やっとのことで出た声はやや、不自然のような気がした。


「そうなの?! ふーん……出世したわね。ま、聡介君なら当然か。当時は皆が、刑事になりたがって、なかなかなれなかったのに」

 吹きつけてくる海風で乱れる髪を手でかきあげながら、彼女は笑う。


「それより、ここには何のために? 誰に花を供え……」


 聡介の頭の中に、もしや被害者と彼女に何らかの関係があるのだろうか、と考えが浮かんだ。


 すると貴代は、

「内緒! 私だって、秘密にしたいことがあるの」

 若い頃と少しも変わらない弾んだ声で言うと、彼女は腕に抱きついてきた。


「た、貴代さん、困りますよ……だいたい、シゲさんに……」

 聡介は本気で焦ってしまった。


「シゲさんって重森のこと? なら、もう関係ないわよ」

「え?」


「別れたの、私達」

 全然知らなかった。


「びっくりしたでしょ?! ねぇ、時間ある? いいことを教えてあげるから、ちょっと付き合って! そっちのお兄さんも、ほら!!」


挿絵(By みてみん)

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