口に出さなきゃ、腹の中で何を考えていたっていいじゃないか。
とにかく家に帰ろう。
美咲はかつての担任教師に挨拶をし、ビアンカと一緒に『実家』に戻ると、ちょうど節子と出くわした。
彼女は美咲の顔を見るなり、ぎょっとした表情でソワソワし始めた。
お疲れ様です。そう言いかけたが、彼女はそそくさと走り去ってしまった。
奈々子と言い、彼女と言い……何なのだろう?
そう言えば。朋子が使っていた部屋を片付けると言っていたが、果たして……。
期待をしないで部屋を覗いてみたら案の定。余計に散らかっていた。
はぁ~……。美咲は溜め息をつき、とにかく片付けは後回しとすることにした。
とりあえず台所に向かう。
冷蔵庫にはあまり物がなかったが、冷凍庫には山のように買い置きがあった。
朋子が買ったものだろうが、美咲は遠慮なく、それらを使わせてもらうことにした。
「ねぇ、弟はここにいるの? 賢司も?」
手伝うわ、とビアンカがやってくる。
「2人とも一緒よ」
「仲がいいのね、あなた達」
驚いた。まさか、他人からそんな台詞を聞くことになろうとは。
「そう、かしら……?」
「そうよ。だって、そうでなければ一緒にいようとは思わないでしょう?」
周は今日、旅館が休業すると聞いた時からずっと、部屋にこもって冬休みの宿題をこなしている。
賢司は何をしているのか知らない。ただ、なんとなく仕事をしているのであろうことは想像がつく。
考えてみれば賢司が、年末はこっちに一緒に来ると言い出したのだ。
仲がいいのかしら? 不思議に思った時、ドアチャイムが鳴った。
ビアンカに後を任せ、美咲は玄関に出た。
「はーい……」
この辺りの家はほとんどが引き戸である。
美咲が玄関の鍵を開けて、扉を開くと、思いがけない人物が立っていた。
「……葵さん……」
彼は1人ではなかった。知らない顔の若い男性と一緒にいる。
「訊きたいことがある」
彼はどうやら、仕事で来ているようだった。
※※※※※※※※※
「どういうことですか?」
優しい口調で亜美と名乗った女性にそう訊ねる結衣の様子を横目で見ながら、和泉はなおもパソコンのモニターから目を離さずにいた。
「彼は……本当はこんな、ほとんど名も知られていないような旅行雑誌の記者なんかじゃなくって、社会部の記者として第一線で活躍できるはずの……」
被害者が元々は新聞記者だったという情報は入っている。
それも地方新聞ではなく、東京に本社を置く有名な全国紙の。
そんな男が名も知られないようなマイナー雑誌に記事を書いているなんて、よほどのことがあったに違いない。そして。
もしかしたら、このままでは終わらせない……そんな野望もあったかもしれない。
視線はパソコンに向けたまま、和泉は耳だけ彼女の話に注意を向けた。
「もしよろしければ詳しいことを、教えていただけませんか?」
いいぞ。親身になっているフリをして、有力な情報を訊き出せ。
少しだけ彼女の視線を感じた。
「実は私……女優になりたくて、上京したんです。最初はいろいろ苦労したんですけど……どうにか看板女優になることができました」
他人を蹴落として?
和泉は内心でそんなことを考えていたのだが、結衣は黙って耳を傾けている。
彼女の特技というか長所の一つだ。多くの刑事は結論を急ぎ、余計だと思う話は切り捨てたがる。
だけど、雑談のように思える会話の中に、実は大きなヒントが隠されていることは少なくない。
さらに言うなら、うさこは自分のように余計なことは考えていないに違いない。




