決して、悪いことばっかりじゃなかったから
「……なぁに? 今の」
ビアンカが怪訝そうに訊ねるが、美咲にも訳がわからなかった。
そこへ、浅井先生があらわれた。
「先生、お疲れ様でした」
美咲が声をかけると、
「……すまなんだの、手伝わせてしもて。あんたもな」
「いいえ、当然のことですわ」
昔の担任教師はビアンカにも挨拶をしてくれた。
それから突然、彼女は膝を着いたかと思うと、額を地面につけた。
「この通りじゃ!! どうか、許してやってくれ!!」
驚いた美咲は膝をつき、彼女の肩に触れた。
「先生、頭を上げてください! 先生は何も悪くない」
やがて。
顔を上げたかつての担任教師は、苦しそうに顔を歪めて呟く。
「……真弓と朋子が……お前さんの人生を……駐在さんの人生を狂わせて、何もかも台無しにしたんじゃ。ワシは、どんなに謝罪してもしきれん。こんなことで許してもらえるなんて思うとらんが……」
その時。
美咲の頭に浮かんだのは、夫の顔だった。
こないだのことを思い出すと、自然に頬が熱くなってしまう。
取り乱した自分が恥ずかしくて。
思いっきり涙を流して、すっかり落ち着いた時に残っていたのは。
羞恥心と、ひどく苦く、やり切れない思い。
それでも。こうしていつもと変わらず、平静でいられるのはきっと、優しく寄り添ってくれる弟と友人がいるおかげだろう。
「先生、違います」
浅井先生は怪訝そうな顔をする。
「罪を犯したのは、真弓さんという方と朋子さんです。謝罪なら、本人の口からしか聞きたくありません」
親の罪が子の罪ならば、子の罪もまた親が償うべきだろうか。
幼くて分別のない子供の犯した悪戯なら、親が謝罪に来てしかるべきだろう。
だけど。彼女達は既に成人した大人だ。
それに……。
死人に口なし、とはこのことでもある。
「じゃが……」
後で考えてみればきっと、言うべきではないであろう台詞を美咲は口にしてしまった。
「2人とも、死に逃げたんです」
少しの間、沈黙が降りた。
「ごめんなさい……私……」
しかし浅井先生は首を横に振り、
「お前さんの言うとおりじゃ……」
「だけど先生。先生が謝罪なんか口にしないでください、お願いです」
やがて、わかった、と弱々しい声で返事があった。
黙ったまま心配そうに見ていたビアンカが、ほっと安堵の息を着いたのが見えた。
「それに、悪いことばっかりじゃありませんでした。周君に……弟に会えました」
もしかしたら、一生会えずに終わっていたかもしれない。
今頃、冬休みの宿題を必死でこなしているであろう、可愛い弟の顔が浮かんだ。




