ほんとに、何なの?この人。
「ねぇ、天気がいいから富士山見えるかな?」
「はいはい、見えるといいですね~」
東京行きのぞみ21号の車内。
窓際の席でウキウキとまるで遠足気分で話す和泉に対し、結衣はまるっきり感情のこもらない声で答えた。
この人、私に何か恨みでもあるのかしら?
ゆうべはたいへんだった。郁美からの『いいなぁ』攻撃が半端なくて。
その言葉の裏にはいいなぁ、じゃなくて、何か特別なことが……あるわけもないのだが……あったら、ただじゃおかない。そんなふうに聞こえた。
これが班長と一緒だったらなぁ。
「聡さんと出張だったら良かった?」ギク。「残念だったね、僕とで」
「和泉さんこそ、本当は私なんかよりもっと他に一緒に行きたい人がいたんじゃないですか?」
たとえばジュノンボーイとか。
すると和泉は心外だ、という顔をして見せた。
「何言ってるの、僕はうさこちゃんと一緒が良かったんだよ」
「ど、どうして……?」
真剣な表情でそんなことを言われたら、その気はなくてもドギマギしてしまう。
「いろいろと他意があって」
なのに。次の瞬間には、かなり何かを含んだような笑顔を見せてくる。
「な、な、なんなんですか?! 他意って!!」
和泉は笑ったまま、答えてくれなかった。
東京に到着する。東京駅の混雑ぶりはとんでもない。
結衣は和泉とはぐれないように必死で歩いた。
すると不意に、振り返って和泉が言った。
「うさこちゃん、手をつなごうか」と、手を差し出してくる。
「い、嫌です!!」
そう、と和泉はすたすた歩きだす。
「えーと、地下鉄東西線……ってどこ?」
「こっちです」
案内の矢印が出ているのに。意外と見ていないようだ。
それからかなりの距離を歩いて、大手町駅に着く。
年末だから余計なのか、東京って人が多い……。
西葛西の駅で降りると、なんだかちょっと福山の駅前に似ているな、と結衣は思った。
挨拶がてら駅前の交番で道を訪ねる。とても感じのいい警官は、遠く広島からやってきた刑事に、わざわざ道案内を買って出てくれた。
背の高い団地がいくつも並ぶ通りを抜けると、全国的に有名なショッピングセンターが見える。
狭い土地にひしめき合うように一軒家とアパートが立ち並んでいる。
ここですよ、と目的地に到着する。
合鍵は予め不動産屋から借りてある。
和泉が鍵をさしこみ、ドアを開けようとした時だ。
「誰?!」鋭い女性の声が響いた。
スーパーの買い物袋を下げている。
「……警察の者です。こちらは若尾竜一さんのご自宅ですよね?」
冷静に和泉が応じる。
女性は年齢としては恐らく結衣と同じぐらいだろう。
「彼ならいませんよ」
ドアの前に立つ和泉を押し退けるようにして、女性は鍵を開けた。
郁美も背が高いが、この女性もモデル並みだ。肩まである栗色の髪は艶々しているが、顔立ちはどちらかというと平均的な日本人女性である。
「失礼ですが、あなたは若尾竜一さんと、どのようなご関係でしょうか?」
女性は少し躊躇したあと、
「……妻です」と答えた。
線、歪んでんな~……。




