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上手いことを言うものだわ

 美咲は床に転がっている、恐らく未使用と思われるブランドバッグを持ち上げた。


 すっかり埃にまみれて金具のところなど、錆ついている。


 そうしてみると自分は決して豊かな生活ではなかったし、辛いことも、死にたいと思ったこともたくさんある。

 けれど。


 いつも助けてくれた人、親切にしてくれた人、そういう素晴らしい人達に支えられて生きてきた。


 そして何より、ずっと会いたいと思っていた肉親にも会えた。


 そのことを思えば、決して自分は不幸などではなかった、と美咲はそう考えた。


 その時。部屋の外からニャー!! と、三毛猫の鋭い鳴き声が聞こえた。


 どうしたのかと美咲は襖を開けた。

 三毛猫は毛を逆立て、こちらに尻尾を向けている。


「……誰?!」

 人の気配。玄関のドアにカギはかけたはずだ。

 

 泥棒かしら? 不安な気持ちを抱えたまま、美咲はおそるおそる玄関に近づいた。


「……節子さん?!」

 驚いたことに、玄関にいたのは仲居の原田節子であった。


「し、社長に言われたのよ! 朋子さんの私物を片付けるの、手伝えって!!」

 節子は額に汗を浮かべながら、草履を脱いで中に入ってくる。「それに私、朋子さんに貸したまま、返してもらってない物があるのよ!!」


 彼女はそう、昔から朋子の追随者であった。


 誰かが2人の関係を揶揄して【ジャイアンとスネ夫】だと笑っていたことがある。


 美咲はどうぞ、と彼女に場所を譲った。だが。


 節子のロッカーを一度見たことがある美咲に言わせれば、手伝いどころか却って仕事を増やしてくれそうな気がしてならない。


 しかし無下に追い返す訳にもいかず、黙々と作業を続けることにする。

 

 それからふと美咲は、さりげなく視界の端で節子の動きを見届けた。


 彼女は何かを探しているように見えた。気のせいだろうか。


 しばらくして美咲の携帯電話が鳴った。社長である伯父からだ。

 そろそろ葬儀会場に戻れとの指示である。


「節子さん。私……葬儀会場に戻りますから、あとはお願いします」

 節子はこちらを振り返りもせず、はいはい、とおざなりに返事をする。


 そう言えば。

「あの、朋子さんのお誕生日っていつか知っていますか?」


 賢司に先ほど訊かれたことを思い出し、彼女なら知っているかもしれないと思い、美咲は気軽に訊ねてみた。


 その時になって節子はなぜ? という表情でこちらを向いた。


 葬儀の日に故人の誕生日を訊ねるのも妙な話だ。


「7月7日よ」


 美咲は礼を言ってから、三毛猫を抱えて一度2階に登った。


「賢司さん。私、葬儀会場に戻るわね。くれぐれも炬燵で寝ないでね。それと……7月7日ですって。朋子さんのお誕生日」


「そう、ありがとう」

 めずらしい。彼が礼を言うなんて。


「じゃあ、君のお父さんの誕生日は?」

「……11月5日よ」


 なんでそんなことを訊くのだろう? 


 不思議に思ったが、どうせ訊いても答えてくれないだろう。


 美咲は再び葬儀会場へと戻ることにした。


 浅井先生の家は実家から歩いて5分ほどの場所にある。

 年末ともなれば、たとえ温暖な瀬戸内海に面したこの地であろうと、冷たい風が吹きつけてくれば寒い。


 美咲は首を竦めつつ会場へと急いだ。


 もう住職は到着しているだろうか。

 

 先を急ぐ彼女の前に、2人の人影があった。

 

 年齢は恐らく生きていれば両親ぐらい。中年の男女が向き合って何か話している姿が見えた。


 女性は着ている物で白鴎館の仲居だとわかった。男性の方は長いコートを羽織り、足が悪いのか杖をついている。


「……が……だから……」

「でも……」

「……いらん、ワシが全部……」


 聞かないようにしようと思っていても、断片的に耳に入ってくる会話。

 2人とも美咲の存在に気付いていないようだ。


 通り過ぎる瞬間になってようやく、こちらに気付いた2人は、はっと口を噤んだ。


 女性の顔がはっきりと見えた。年齢の割に美しい、と思った。

 肌に張りがあり、目鼻立ちがくっきりしている。


 美咲は軽く会釈をして、2人の傍を通り抜けた。


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