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思いっきりやっちゃってね

 玄関を開けると二匹の猫達がにゃーん、と走り寄ってくる。


 猫は環境の変化に弱いと聞くが、どちらもいたって健康そうだ。一緒に連れてきてよかった。

 ペットホテルに長期預けるよりも恐らく良かったのではないだろうか。


 ふと気付いたが、そういえばいわゆる『実家』には、誰のものかわからない物がいろいろと散らばっていた。


 女将の趣味ではないとわかるスカーフ、高価そうな化粧品、ブランド物のバッグ。きちんと整理されておらず、使ったらそのまま放置、という状態の部屋があった。


 古くからある日本家屋は何度か改築を繰り返しており、1階には冠婚葬祭を取り行えるほど広い和室と、日常生活用の小さな和室と2種類ある。

 玄関を入ってすぐのところにある6畳の和室が、おそらく朋子の使っていた部屋だろう。


 美咲はその前に、気になったので2階にいる賢司の様子を見に行くことにした。


 こないだの気まずい出来事があって以来、最低限の接触しかしていない。それこそ安否確認程度にしか顔を見ていないのである。


 何かあれば周がすぐに連絡してくれるだろうと思ったが、それもどうかと思い直して。


「……賢司さん?」

 彼は炬燵に入って横になっていた。

 台の上には開きっぱなしのノートパソコン。

 機械音痴の美咲にはさっぱりわからないが、何やら端っこに細い棒のようなものが突き刺さっている。


 単純に寝ているだけなのか、それとも具合が悪いのか。


 美咲は彼の肩を揺すってみた。


 すると。はっ、と賢司は目を覚まし、ガバっと勢いよく半身を起こした。


 彼はそこにいたのが自分の妻だとわかると、なぜかほっと息をつく。


「炬燵で寝ないで」

 それだけ言い残して美咲は下に降りようとしたが、呼び止められる。


「仲居頭の……名前、何て言ったっけ?」


 妙な事を訊く。

 その様子から察するに、先日のことはもはや気にしていないらしい。


「朋子さんよ。それがどうかしたの?」


「誕生日がいつかとか、知ってる?」

 なぜそんなことを? 疑問に思ったが、どうせ答えはないだろう。それに、知らないから答えられない。

「知らないわ」


「誰か、知っていそうな人間に心当たりはないの?」


 さすがに美咲も不信感を覚えた。

「どうして……?」


 答えはなかった。そこへ茶トラ猫がやってくる。


「メイちゃん、賢司さんが炬燵で寝そうになったら引っ掻いてね」

 猫の頭を撫でて、美咲は再び階段に向かった。


「どこへ行くの?」

「……1階にいるわ。用事があったら声をかけて」


 1階の和室に降りる。三毛猫が擦り寄ってきた。


『片付けられない女』というのがいるらしいが、朋子は典型的なそのタイプだったらしい。ありとあらゆるものが雑多に散らばっている。


 少しづつ片付けていると、使いかけの化粧品だったり、もしかしたら一度も履いていないのではないかと思われるほど、ピカピカの靴が箱に入ったまま置いてあったりした。


「プリンちゃん。埃を吸っちゃうから、外に出てた方がいいわ」

 美咲は三毛猫を部屋の外に出し、再び片付け作業に専念する。


 やや世間ずれしている自覚のある美咲にもわかるほど、この部屋はブランド物で溢れかえっていた。


 いずれも横領した会社の金で買ったに違いない。


 そう考えたら、怒りやら悲しみやら、様々な感情が沸き上がってきた。


 だけど。果たして彼女は幸せだったのだろうか。

 

 浅井先生は【寂しい人生】だったと言っていたけれど。


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