生活安全課は略して【生安】……覚えてくれよ?
聡介が黙っていると、
「何でもいいよ、メイドさんの得意なもの」友永が答える。
かしこまりました、と店員は恐らく口に入れても問題のないもの……チョコレートと思われる……をミルクの泡の上に注ぎ出し、あっという間に猫とうさぎの絵を描いた。
「それで?」
「晩ご飯の時間だったかなぁ、竜ちゃんの携帯に電話がかかってきて、すごい勢いで出かけて行ったの」
「それよりももっと前の話だ。旅館に着いたのは?」
そこへ再び店員がやってくる。
「お待たせいたしました。何のイラストを描きましょう?」
「あの子! あの犬のぬいぐるみの絵がいい!!」
こっちの質問そっちのけで、彼女は嬉しそうに答える。
店員はニッコリ笑ってケチャップで絵を描いていく。その手際の良さに、思わず聡介も一瞬だけ仕事を忘れて見入ってしまった。
「はい、それじゃあ最後におまじないをかけますね。よろしければ皆さんもご一緒に」
……なに?
店員は手でハートの形を作ると、オムライスの上にかざして輪を描く。
「おいしくなーれ、はい、皆さんもご一緒に」
カオスだ。
これは何かの悪い夢だ。
聡介はフラフラと立ち上がり、一旦店の外に出た。
深呼吸をして店内に戻ると、既に店員の姿は見えなかった。
ほっとして元の席につく。
友永は苦笑していた。
「……旅館についたのは5時半ぐらい。で、お茶飲んで部屋に入って……」
「男の方はどうしてた?」
「すぐにお風呂行くって準備してた」
「その隙を見計らってお前は、連れの財布からクレジットカードをくすねた……と」
友永の言ったことに、少女はぎくりと全身を震わせた。
「お前、悪い癖がちっとも抜けてねぇな?」
「だって、だって竜ちゃん、ケチなんだもん!! ジュース1本も奢ってくれないんだよ? おまけに自分は取材費で泊まれるけど、あたしの分は自分で払えって言うから!!」
どういう家庭で育ったのだろう? この少女は。
聡介は呆れて物が言えなかった。
「その竜ちゃんとやらが、食事の時に急いで外に出て行ったって言う話だが……お前、少しでも内容を聞いたか?」
少女はしばらく思案した後、
「実はさ、他にも彼女がいるらしいんだよね。もしかしたら、その彼女が怒って電話してきて、宮島まで追いかけてきたんじゃない?」
聡介と友永は顔を見合わせた。
他に女がいた?
「そうそう、時々その彼女のことで愚痴ってたな。ほんとかどうか知らないけど、昔はヤンキーでさ、お父さんがヤクザの親分だったとか。だから怖い、みたいな」
これはもう少し、鑑取りに力を入れなければならないだろう。
昨夜の捜査会議では一切そういう情報は出なかった。
その後、この少女から聞ける話からは、直接事件と結び付きそうなものはなかった。
礼を言って店を出ることにする。
ああ言っておきながら、友永は伝票をとって少女の分も支払いを済ませてしまった。
少し歩いてから、聡介は思わず呟いた。
「……こういう店があるんだな……」
見送りの儀式も鳥肌ものであった。
『行ってらっしゃいませ、ご主人様。またのご帰宅をお待ちしております』
友永は可笑しそうに笑って、
「今の世の中、何が流行るかわかりませんや。それに……この手の店が犯罪の温床になりかねないケースだってあるんですぜ?」
「なんだって……?」
「キャバクラは高い、けどメイド喫茶ならなんとか……ってことで流れる男がけっこういましてね。中にはメイドに本気に惚れこんで、ストーカーと化す野郎もいる訳ですよ。それに基本的には普通の喫茶店のていをとってますが、質の悪い店になると、風俗店まがいの接客をやらせる店もある」
「さすがは、元生安だな……」
ひょっとして、戻りたいか?
なんとなく聡介の中にそんな言葉が浮かんだ。
そんなこちらの胸の内を読んだかのように、友永はちらりとこちらを見る。
「まぁ、刑事も案外悪くないですよ。上司があんたならね」
え? 今、なんて……?
もしかしてこれが『萌え』ってやつなのか……?




