頼むから、何かの間違いであってくれ。
「えっと……ビアンカさん?」
女将だ。彼女はこちらが外人だからか、日本語で話しかけていいのかどうか戸惑っている様子である。
「私、日本語はまったく問題ありませんから」
「そう。サキちゃんを見かけませんでしたか?」
「実は私も、探しているんです」
「周君も姿が見えないの……」
そう言ってる傍から、周が戻ってきた。
何があったのか知らないが、どこか晴れ晴れとした顔をしている。
「あれ、姉さんは?」
「私達も探してるのよ」
急に友人の弟は、心配そうな顔になる。
「どうしたの?」
「うん、ちょっと……」
そこへ美咲が姿をあらわした。無言で俯いている。
美咲、と声をかけようとしてビアンカは躊躇した。
どうしたの? そう言いかけたがやめた。
黙ってその細い肩に触れると、彼女ははっと顔を上げた。
ぽろぽろ、と目から涙があふれ出す。
「……ぅ……」
「サキちゃん? どうし……」
何かあったんだわ。
女将がすべて言い終えるよりも先に、ビアンカは咄嗟に手を伸ばして美咲の肩を抱き寄せた。
「いいのよ、今は。泣いてもいいの……」
小さくて、けれど長い間ずっと働いてきたのだとわかる彼女の手を握り締める。
「辛い時は泣いたらいいわ。我慢しなくていいのよ?」
慟哭。
その時の、彼女の涙を一言で表現するのに、他の単語は見つからなかった。
※※※※※※※※※
連絡先が変わっていなかったのは幸いだった。
友永の古い知人であり、被害者と同宿していた牧田春子と連絡を取ることができた。
彼女の実家は広島市内にあるようだが、彼女自身はフラフラといつもどこか他人の家を泊まり歩いているらしい。
ちなみに今日は男性の家ではなく、女性の友人の家にいるそうだ。
友人に迷惑をかける訳にはいかない、と言うので事情聴取のために会う約束をした場所は、なぜか流川のとある喫茶店であった。
ついでだからそのまま、聡介は友永と行動を共にすることにしたのだが、指定された店の前に立った途端、なぜか無性に嫌な予感がした。
「なぁ……本当にこの店で間違いないのか?」
何かの間違いであって欲しいという願いを込めて、友永に念押ししてみる。
「間違いありませんよ」
そろそろ老眼が始まってきた自分の目にもはっきりと読める。看板に書いてある『メイド喫茶』の文字。
なんとなく噂には聞いたことがある。そういう店の存在を。
事情をよく知らない聡介に言わせれば、キャバクラとどう違うのかよくわからない。
「行きますよ、班長。向こうはもう来てるって」
つい二の足を踏んでしまう聡介だったが、友永に背中を押され、仕方なくドアを開ける。
「おかえりなさいませ、ご主人様~」
いわゆる【メイド】の格好をした若い女性が出迎えてくれる。
「……すみません、間違えました」
くるりとUターン。
「何やってんですか、ほら」
友永は平気らしい。
彼はどんどん中に入って行き、目指す相手を見つけた。




