これでやっと、すっきりした!!
老婦人は空になった湯呑みを見つめつつ、続きを話してくれた。
「それがしかし、結果的に咲子の寿命を縮めてしもうたがの。あの子は失意と悲しみで身体を壊して、一年もたたん内に……亡くなってしもうた」
「姉さんはそれじゃ、本当に独りぼっちになったの?」
「美咲は弟が産まれたことだけは知っとったようじゃ。どういう理由で一緒に暮らすことができないのかは知らされてなかったが」
そうだろう。
詳しい事情を知らされていれば、もっと現在は違っていたはずだ。
今にして思えば叔母の、朱鷺子の判断は妥当だったと周も思う。
「美咲には、いつも味方してくれる人間がおった。吉住もおったし、孝太もおった。いつか弟に会えるのを支えにして、心の強い、綺麗な女に育ったわ……」
彼女の言う通りだ。
周は姉の強さに時々恐れ入ることがある。
「……ほんまに、駐在さんと一緒になれたなら、幸せになれたじゃろうに……」
駐在さんというのはおそらく駿河のことだろう。
表は無表情を装っているが実はけっこう内心が表に出てしまう、不器用なあの男。
周もそう思う、けれど。
「姉さんは今、決して不幸な訳じゃないよ」
梅子はハッと顔を上げた。
「だって俺がついてるんだから!」
それから彼女はふっと微笑む。
「あぁ、そうじゃな」
「いろいろ話してくれてありがとう。じゃ、俺は仕事に戻るね」
決して愉快な内容ではなかったけれど、長い間知らなかった色々な事実が判明して、少しだけ気持ちが軽くなった。
周は軽い足取りでその場を後にした。
※※※※※※※※※
美咲はどこへ行ったのかしら?
ビアンカはキョロキョロと辺りを見回した。
仲居見習いという立場で、旅館業の手伝いをさせてもらうことになったはいいが、何もかもが初めてで戸惑うことばかりである。
美咲がマンツーマンで指導してくれるというから、気軽にやってきたというのに。
実を言うと彼女は現在、失業中なのであった。
失業……と言っても、自分から退職したのだから失業保険はすぐにもらえない。
とりあえず当面の生活費を稼ぐために、親しい友人である美咲に相談したのは正解だったと、ビアンカはしみじみ思う。
大学で講師をしていた頃に比べたら、給料の違いは歴然だし、あくまで臨時雇いの立場である。それでも収入がないよりはまだいい。
親しくしていた友人が犯罪者となった。弟のような存在だった。
そのことでビアンカはまわりから、ああだこうだと言われるようになった。
どうして止めなかったのか。
どうしてこうしなかった、ああしかなかったか。
ああ、うるさい。
自分が同じ立場だったら、いったいどう行動したって言うのよ?
何もかも面倒くさくなった。学校にいたくなくなった。
だから、辞表を提出した。
一瞬だけドイツに帰ろうかとも考えた。けれど。すぐに思い直した。
いずれ帰ることがあるとしても、美しくて強い、友人の今後を見守ってからでも遅くはないだろう。
一本筋が通っていて、逆境にもめげない強さを持つ彼女だけど。本当は泣きたいことだってたくさんあるに違いない。
傍にいて支えてあげたい。
話を聞くことしかできないけれど、女性という生き物は共感を得られるだけで安心するのだ。
お互いにそうやって励ましあえたら。
それに。
ビアンカには日本に残りたい強い理由が他にもあった。




