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ああ、そうだったんだ

 するとしばらくして、

「二人が結婚して、美咲が産まれて2年後かのぅ。隆幸が突然、東京に出るって言いだしたんよ」

「どうして?」


「自分で会社を興すんじゃ、ちゅうてな……先立つ物がないけぇ、しばらくの間、雇われて働いていたようじゃが、何をやっても長続きせんでのぅ。少しでも気に入らないことがあるとすぐに辞めて、仕方なく咲子が外に働きに出るような始末じゃった。事業を興すなんて言ってはみたものの、知識もノウハウもない、人脈もない、出来る訳がないと悟ったんじゃな……そのうち昔の悪い癖が出た。あの寒河江の家の男どもは女癖の悪い血筋での……気を悪くせんでくれな。隆幸の奴は、飲み屋の女と懇ろになって……結婚をちらつかせて、それでも咲子とは別れとうない。愚図愚図しとる内に、愛人の女に殺されてしもうた」

 その話は、噂には聞いたことがあったが、まさか真実だったとは。


「それから咲子はこっちに戻ってきたんよ。妹の朱鷺子も広島市内におったしの。あの子はこの旅館で住込みの仲居として働き始めた。じゃがの、隆幸が殺されたんは、自分の蒔いた種であって咲子のせいじゃない。それなのに朋子は咲子を責めて迫害しよった。まわりは全員敵じゃった……」


「誰も味方をしてくれなかったの?」


「ただ一人、板長の吉住ちゅう男だけが二人を助けてくれた。とにかく気持ちの優しい男でのぅ、美咲もよう懐いて、実の父親よりも慕っとったんじゃないじゃろうか」


 そんな存在がいたなんて少しも知らなかった。


 老婦人は続ける。


「そんなある時、お前さんの父親……藤江悠司氏が一人でこの旅館に客としてやってきたんよ。その時、客室係についたんが咲子じゃった。詳しい経緯はわしも知らんが、二人は深く愛し合うようになった。相手が独身なら何も問題はなかったが……妻子がおったんよ」

 

 周の頭に賢司とその母親が浮かんだ。


「藤江氏は妻子と別れて咲子とやり直すつもりじゃった。まぁしかし、そんな訳にはいかん。そうしている内に咲子はお前さんを身ごもった。それを知った藤江氏の父親が、手切れ金を渡して、息子のために身を引いてくれと土下座までして……。何しろ将来的には藤江製薬の代表取締役になる男じゃ。その上、父親は参議院選挙に打って出ようっちゅう矢先のことじゃったけんな。咲子は一人でお前さんを産んだ。しかし、育てることはかなわなんだ」


「……どうして?」


「朱鷺子が……自分が育てると、お前さんを連れて行ったけぇな」


 そういうことだったのか。


「咲子一人で二人の子供を育てられる訳がない。経済的にも、感情的にもな。お前さんは咲子が唯一心から愛した男の子供じゃけん、美咲が蔑ろにされる恐れがあった」


「……」


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