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俺にはよくわからないよ

 賢司の様子は明らかにおかしかった。


 けれど、何がどう、と説明できる訳ではない。


 今の話の中に何か、彼の気分を害するような単語があったのだろうか。


「美咲の弟の……咲子の息子じゃの? すまんのぅ、名前を教えてくれるか」

 浅井梅子と名乗った老婦人は改めて周の方を向き直り、そう訊ねた。


「周です。藤江周……」


「咲子によう似とる。美咲ともそっくりじゃのぅ。髪は……父親譲りかの」


「俺の父さんを知ってるんですか?!」


「……一度だけ、咲子と一緒にワシのところへ相談に来たことがある。この島の子達はみんな、ワシの教え子での……卒業してからも時々、ワシのところに来る子がおるんよ」


 よほど頼りになる先生だったのだろう。


「あんた、自分の母親のことはどの程度知っとるんじゃ?」


 周は首を横に振った。

「ほとんど、何も知りません……」


「朱鷺子のことは?」

「朱鷺ちゃ……叔母は、俺が5歳になるまで育ててくれました」


 叔母は決して【お母さん】とは呼ばせてくれなかった。じゃあなんて呼んだらいいのかと聞いたら、『朱鷺ちゃん』と呼ぶように言われたのである。


 老婦人は懐かしそうに目を細めた。


「お前さんの母親の咲子と、朱鷺子は双子の姉妹なんじゃ。早くに病気で両親を亡くしてのぅ、二人一緒に親戚に引き取られてこの宮島に来たんじゃが、まぁ、どういう子供時代じゃったか想像に固くないじゃろう。それでもいつも二人で力を合わせて、支え合って生きとった。咲子は美咲と似て物静かな子じゃったが、朱鷺子はのぅ、勝気で負けず嫌いで、お前さんによう似とる」

 周を育ててくれた朱鷺子という女性は、強くて優しくて、綺麗な人だった。


「……双子じゃけん当たり前じゃが、二人とも島で一番じゃ言われるぐらい別嬪な少女達でのぅ。寒河江隆幸、美咲の父親じゃがの、あいつは咲子達と同い年の幼馴染みで、子供の頃から咲子に目をつけとったんよ」


 へぇ……と、周はすっかりぬるくなったお茶を一口飲んだ。


「わしの娘ものぅ、何が良かったんか知らんが……隆幸に心底惚れとったのぅ」

 無言で傍に立っていた中年男性が、熱いお茶を代わりに注いでくれた。


「隆幸は若い頃からずっと、咲子に言い寄っとったわ。咲子にはその気がなかったけぇ初めは遠回しに断ってたようじゃが、その内に……情にほだされたんかの。結婚するちゅうて……」

 彼女は窓から外を眺めた。


「これで真弓もあきらめるじゃろうって、わしは安心したんじゃが……」


 周は何と言っていいのかわからなかった。


 彼女も苦悩したに違いない。


 だから黙っていることにした。


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