表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

63/175

堪え切れなかった

「……そんなこと訊いてどうするの?」

「いや……あまりにも落ち着いているから、少しびっくりしているんだ」


「私に、泣き喚けとでも言いたいの?」

「そんなことは言っていない」


 あくまでも静かで感情のこもらない答え。


 そのことが余計に、美咲を苛立たせた。

「あなたは、楽しいでしょうね。高いところから、くだらない人達のくだらない行動を見聞きして……どうせ、バカバカしいって笑ってるんでしょう?!」

 賢司は無表情のままだった。


「そうよね。あなたは大きな一流企業の経営者一族に生まれて、何不自由なく暮らしてきたんでしょうね。お友達と一緒に遊んだりなんて許されなくて……もっとも、友達になってくれた子なんて1人しかいなかったわ……学校が終わったらすぐに仕事……他の仲居達からは売女の子だなんて陰口を叩かれて、どんなに一生懸命頑張ったって、理由もなく人から嫌われて……親のせいで、何をやっても上手く行かなくて……私がどんなに惨めな気持ちだったかなんて、あなたになんてわかる訳がない!!」


 泣いたらいけない。


 絶対に!!


「葵さんは一度だって、私の親のことで何か言ったりしなかった!! 私自身のことを見てくれた。私だから……寒河江美咲っていう、1人の人間を好きだって、愛しているって言ってくれたの!! あなたみたいに、親の罪がどうこうなんて、一言だって口にしたことなんかない!!」


 その時。美咲はふと、夫の表情に変化があらわれたのを見てとった。


 泣きたいのはこっちなのに。


 どうして、あなたがそんな、泣き出しそうな顔をしているの?


「賢司さん……?」


「そんなに、好きなんだね……」


 葵さんのこと? と口にしかけて声にならなかった。


 そうよ。

 あんな人にはもう、2度と会えない。


 許されるなら叫びたい。


 今でも好き。あの人を愛している。


 でも言ってはいけない。


 どうか、ブレーキよ効いて。


 感情のまま、思いのままを口にすることが決して良い結果を生み出さないことは、充分によくわかっている。

 美咲は必死の思いで深呼吸をした。


 大丈夫、まだ頑張れる。


「……ねぇ」


『寒いから早く家に帰りましょう?』


 そう言えると思っていた。直前までは。


 それなのに。


「……お願いがあるの」

「……お願い?」


「一人で帰って」

 彼は呆れたように肩を竦めた。


「だから、僕は初めからそうするつもりだったんだ。君が勝手に……美咲?」


 身体全体が震えだす。


 怒りなのか、悲しみなのか、もう自分でもわからない。


 そして、口をついて出たのは、


「あなたの顔なんて、しばらく見たくない!! 口もききたくない!! お願いだから、早くどっかに行ってよ!!」

 

 初めて見た、傷ついたような顔。


「……ご、ごめ、ごめんなさい……!!」


 いたたまれなくなって、美咲は駆け出した。

 どうして、いつも通りにできなかったのだろう?


 そう、何度も自分を責めながら。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ