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どうしてこの方がいるのかしら?

 浅井先生の自宅なら知っている。


 美咲は迷わずそこへ辿りついた。玄関に弟の靴がある。


「よぅ来たのぅ……」

 先日退院したばかりの元担任教師は、少し危なっかしい歩調で玄関にやってきた。

「先生、お話というのは?」


「ええから、上がれ……?」


 教師は美咲の後ろに立っている賢司を見て、誰だ? という顔をした。


「……主人、です。藤江賢司といいます」

 彼女は何も言わず、とにかく上がれと言ってくれた。


 中に入ると周ともう1人、何度か会ったことのある人物がいた。名前は覚えている。


 駿河の先輩であり、教育係でもある八塚という元警察官。この人に仲人を頼むつもりでいたから、名前も顔も知っている。


 美咲はまともに顔を合わせることができず、俯いていた。

 相手も気まずいのか、特に何も言わないでいてくれた。


 温かいお茶が人数分運ばれてくる。


「呼びつけてすまんのぅ。まさか、咲子の産んだもう1人の子と会えるとは思わんかったけぇ……でも、これも何かのお導きじゃの」


 すると。


 彼女はなぜかいきなり、突然畳の上に擦りつけるように頭を伏せた。


「わしはまず初めに、謝罪せにゃならん。元はといえば、わしの娘……浅井真弓あさいまゆみがそもそもの発端なんじゃ」


 どういうことですか? と、訊ねたのは賢司である。


「真弓は寒河江隆幸……あんたの父親の愛人じゃった」

 美咲は驚かず、黙って続きを促す。


 父に愛人がいることは知っていた。口さがない仲居達がしょっちょう、その手の話をしていたから、今さらという気分がする。


 しかし周は、気まずそうな顔をして目を逸らした。


 気を遣わなくていいのに。


「隆幸は亡くなった父親との約束で、兄の俊幸と一緒に旅館の経営に携わるようになったんじゃが、社長で兄貴の方はワンマンでのぅ、全然自分の意見を取り合ってもらえんちゅうて、段々嫌になったんじゃろうな。旅館の仕事をやめて東京で事業を興すって言い始めての……その時、真弓は隆幸が咲子……あんたの母親と別れて、自分を正式に妻の座に据えて、一緒に東京へ連れて行ってくれると根拠もなく信じとったんじゃ。そういうようなことも言われたらしいけぇの。それで真弓は、当時御柳亭で経理を担当しとったあの子は、隆幸のために支度金として経営資金から少しずつ資金をかすめ取り始めた。自分では悪いことをしている自覚はなくて、俊之は経営者の息子なのだから当然もらえるべき資金を回しているんじゃと思うとったんよ」

 そこまで一気にしゃべって、浅井梅子は熱いお茶を一口飲んだ。


「それって、横領……」

 何も知らない周が思わず呟く。


「そうじゃ、真弓は横領犯なんじゃ。御柳亭の経営を圧迫する原因を作ったのは他でもない、ワシの娘なんよ……」


 父は横領犯などではなかった。


 美咲にとってこの際、誰が犯人かなどと、どうでもよかった。

 その事実が重要だったのだ。


 けれど。


 原因を作ったのが父親であることは否定できないだろう。


 いずれにしろ心から安堵することなど、とてもできない。


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