どこ行っちゃったのかしら?
「周君、周君?」
女将と専務との遣り取りを終えた後、美咲は弟の姿を探した。館内では見つからなかったので実家に行ってみる。
擦り寄ってくる猫達をおざなりに相手して、2階に昇る。
「……ねぇ、周君を見なかった?」
2階の客間で賢司はパソコンを開き、仕事をしているようだった。
「さっき一度こっちに来たけどね。それからどこへ行ったかは知らない」
そう、と美咲はもう一度旅館に戻ることにした。
すると。
「放っておいてあげたらどうだい。あまりかまい過ぎると、うっとおしがられるよ。猫と一緒でね」
後ろから夫の声が聞こえた。
ムっとした時に携帯電話が鳴った。
弟からだ。美咲は着信ボタンを押す。
『姉さん、今から浅井さんっていう人の家に……来られる?』
「え? 浅井さんって……」
『俺達の母さんのこと、よく知ってる人なんだって。いろいろ話したいことがあるから、来て欲しいって言われて』
美咲はちらりと賢司の様子を見た。
少なくともこちらの会話に耳をそばだてている様子はない。
「わかった、行くわ」
美咲が部屋を出ようとすると、
「……どこへ行くんだい? また何か、トラブルでもあったのか」
おかしそうに賢司が言った。
どうしてこう、いちいち人の神経を逆なでするようなことを言うのだろう? この人は。
隠しだてした、と後で変なことを言われるのも気に障るので、美咲は本当のことを言うことにした。
浅井さんとは、かつての担任教師のことだ。美咲達の母親の担任だったこともあるらしい。
そういえば。
退院したら訪ねてくるよう言われていたことを思い出す。
「……僕も一緒に行く」
賢司はパソコンの電源を落とすと、立ち上がって上着に袖を通した。
「どうして……?」
美咲が困惑して訊ねると、
「どうして? おかしなことを聞くね。家族のことを知りたいと思うのは当然じゃないか」
「家族?」
思わず美咲は日頃の様々な不満や、感情を込めて口調に思い切り出してしまった。
しかし賢司は何も言わずに階下へと降りて行く。
猫達が再びまとわりついてくる。
美咲は三毛猫を抱き上げて、思わず話しかけてしまった。
「ねえ、プリンちゃん。私、失敗したかしら……?」
それから玄関で靴を履こうとしている夫の後ろ姿を見て、美咲はふと感じた。
なんとなく小さくなったような気がする……。




