私にとっても弟みたいなものよ
それに。友永が何より驚いたのは彼が和泉のことを、本気で息子のように思っていることだった。
それも未成年ではなく、成人した大人を、だ。
和泉は間違いなく普通の上司からは嫌われるタイプだ。人事もそれをわかっていて、常にあの警部と同じ部署に動かしていたのだろうが。
あの男は過去に何があったのか知らないが、相当屈折している。
まぁ、たいして興味はないが。
「ねぇちょっと!」
後ろから呼び止められた。さっきの仲居だ。
「あんた、刑事さん?」
「そうだけど……」
「貴代が私のこと、なんて?」
そう問われてみると、たいして中身のある会話をしていなかったことに気付く。
なんだっけ?
「ひょっとして白鴎館の若旦那の噂話? それなら、私は何も知らないわよ!!」
呼び止める間もなく、彼女はスタスタと走り去って行った。
「……何の話だ?」
怪訝そうな上司に向かって友永も、さぁ? と肩を竦めてみせた。
※※※※※※※※※
午前のひとときは少し休憩を取れる時間がある。
外は寒いけれど、少し旅館から離れた場所に行ってみたくなって、周は一度姉の実家に戻った。
賢司の様子はどうだろう。
もし少しでも動けるようなら、外に連れ出した方がいい。
そう考えて周は兄に声をかけたのだが、仕事が詰まっていると言われてしまった。
確かに、年末の一番忙しい時期だろう。でも、そんな調子で仕事なんて……。
もしかして痩せたのではないだろうか?
もともと細身だったとは思う。けれど、なんだか本当に具合が悪そうだ。
何か大きな病気じゃなければいいけれど……そう思いながら、今度は姉の姿を探した。
見つけたけれど、彼女は女将や専務と何か話し合っていて忙しそうだ。
仕方ないから1人で行こう。
旅館を出て1人で歩きだす。
しばらく歩いていると、向かいから見覚えのある金髪女性がやってきた。
「はぁい、周!」
ビアンカだ。姉の友人でドイツ人だという彼女は、どういう訳かリクルートスーツに身を包み、それらしいカバンを肩にかけている。
「あら、1人なの?」
「ビアンカさんこそ何してるの? 泊まりにきてくれた……って訳でもなさそうだけど」
基本的に周は年上の女性には敬語を使うのだが、彼女はそれを嫌がった。
美咲の弟なら、私にとっても弟みたいなものよ! ……ということで。
「違うわよ、働きにきたの」
確か彼女は大学で講師をしていたはずだ。
「そんなに生活、苦しいんだ?」
するとビアンカは苦笑してみせた。
「今はまだいいのよ、問題はこれから」
「……どういう意味?」
「大学の仕事、辞めちゃったから」
「なんで、あ……」
理由なんて、訊くまでもない。
おそらく西島進一のことであれこれ言われたのだろう。
彼女が親しくしていた友人が、大それた犯罪を犯した。人は皆、犯罪者の家族、友人、知人を恐れ、迫害するものだ。
「ま、とりあえず美咲のところで臨時アルバイトよ。これから面接なんだけどね」
そういうことか。
「美咲のおかげで、ほんとに助かったわ~。それにね。私、前々から和服を着る仕事をしてみたかったの!!」
ビアンカは屈託なく笑っている。
無理をしているのか、それとも本音なのか。周には判断がつかない。
「……そんな顔しないで。私は元気よ!! じゃあね」
金髪碧眼の美女はやや早足で去っていく。
確かに、和服が似合うだろうな……。
周はふと、そんなことを思った。




