やっぱりか
来るように指定されたのは確かそんな名前の旅館だった。
チェックアウトの終わった直後なのか、ロビーは閑散としている。
班長はどこにいるのだろう?
友永は目の前を通りかかった、顔色の悪い仲居を呼び止めた。
「ああ、警察の人? それなら事務所よ」
「あ、それと。節子って仲居を知ってる?」
すると相手は目を丸くして驚きの表情を見せた。
「それ、私のことだけど」
「……服部貴代っていうの、知ってる?」
「知ってるけど、どうかしたの?」
どうかしたかと言われると、どうとも言えない……。
するとそこへ「友永、こっちだ」と、班長が姿を見せた。
後をついていくと、智哉の友人である藤江周が事務所の椅子に腰かけていた。
彼は友永の姿を見ると、軽く会釈した。
「ガイシャの客室を担当したのが、彼なんだ。その時の様子を今聞いてるところで……」
つくづく、よく事件に巻き込まれる子だ。
しかし。智哉の友人だけあって、年齢の割にしっかりしているし、話を聞いている限りはかなり複雑な家庭に育ったようだ。
一通り話を聞き終わった後、被害者と同宿していたという女性の話になった。
そして。似顔絵を見た友永は一瞬、言葉を失った。
「どうした……?」
「いや、こいつもしかして……知ってる奴かもしれません」
「なんだって?」
「生安にいた頃、何度も補導したガキですよ。窃盗と売春で何度も捕まって……いい加減足を洗えって言って、そうするって約束したはずなんですがね」
「名前は?」
「本人は『コハル』って名乗っていましたけどね、本名は牧田春子。今はどこで何をしてるんだか……」
「ってことはもしかして……被害者は財布を忘れた訳じゃなくて、盗まれたことに気付かないまま出かけて行ったってことですか?」
藤江周が口を挟んだ。
こちらがよほど妙な顔をしたのか、彼ははっと我に帰った。
「す、すみません! 素人が余計な口出しして……」
「いいんだよ。周君が思ったこと、気付いたことを何でも言ってくれてかまわない」
さすがは我らが班長だ。
他の刑事ならこうはいかない。
「で、コハルの奴はどうしたんです?」
「さっさとチェックアウトして行ったそうだ。被害者とはどういう関係だったのか、長い付き合いなのか、それとも……」
「どうせアレでしょ、出会い系サイトで知り合っただけ。タダで温泉に入れて、飯食わせてもらえるっていう話に乗ってきたんですよ」
彼女は昔からそうだった。出会い系サイトは危ないからやめろ、と何度も言ったのに、少しもやめようとしない。
「……居場所はわかるか?」
「まぁ、おそらくですが……」
どうせ何代目かの『彼氏』の家だ。顔そのものはたいしたことないくせに、口先だけは達者で、次々と男達を上手く持ち上げては、その日の宿と食事にありついている。
自分の娘ではないが、時々張り倒してやりたくなる。
それからしばらくは形式的な質問をした。
いいことなのか、そうでもないのかわかないが、お互いに慣れたもので、それはスムーズに終わった。
礼を言って2人の刑事は外に出ようと、ロビーを歩いていた。
そう言えば。
「班長、ジュニアの奴はどうしたんです?」
「ちょっと、体調不良でな……」
「へぇ?! あいつでも具合悪くなることあるんですか?」
いろいろあるらしい、と呟いた上司はどこか寂しそうだった。
この春、新しく知り合ったこの高岡聡介と言う人は友永に言わせれば【ちょっと変わった人】であった。
自分の知る限り、上司と言うのは保身のことだけを考えて、常に部下の行動を気にしつつ、自分の将来の安泰を願って、上にゴマすりをすることだけに必死になる……そういうタイプばかりだと思っていた。
それなのにこの人は。
常に自分のことよりも、部下達のことを考えている。
言葉と行動で全員に気遣いを示している。
こんな人には初めて会った。




