参るよな……まったく。
捜査本部に行くと誰もいなかった。
コンビを組んだあの若い刑事はなんと言ったか、思い出せない。とりあえず班長に連絡することにしよう。
友永は携帯電話を取り出した。
呼び出し音が鳴る間、ゆうべのやりとりが頭の中でよみがえった。
絵里香が熱を出して、医者に診てもらった帰り道のことだ。
母親の携帯電話は相変わらずつながらなかった。絵里香は友永の手を握って離そうとしない。
仕事に戻らないと、という気持ちと、傍にいてやりたい気持ちが秤にかけられ、揺れている。
『後はもう大丈夫ですから、友永さんは仕事に戻ってください』
それは午後9時を回った頃だろうか。小さな子供がいる女性が外出しているという話に少し首を傾げてしまうような、そんな時間。
『けどな……』
『友永さん、仕事中だったんでしょう? これ以上、ご迷惑はかけられません』
『迷惑だなんて思っていない』
すると智哉は首を横に振った。
『僕が嫌なんです! 友永さんの職場のことは、あまりよくわかりません。でも、もし僕達のせいで、友永さんのこれからに何かあったら……この先、いったいどんな顔をして会えばいいんですか?!』
歳のわりにしっかりしているとは思っていた。
でも。そんなふうに気を遣われているとは考えてもみなかった。
『……おい、友永! 聞いてるのか?!』
マズい。いつの間にか電話がつながって、話が始まっていたらしい。
「えー……すみません。ちょっとボンヤリしてまして」
すると。
『疲れてるんだろうな。娘さんはもう、大丈夫なのか?』
この上司はいつも不意打ちを食らわせてくる。
こちらが予想だにしていない、優しい言葉をかけてくるのだ。
「その、なんていうか……どうなんでしょうね」
つい、しどろもどろに曖昧で訳のわからない返答をしてしまう。
『ところで今、どこにいる?』
「捜査本部ですよ。誰もいませんや。どっから着手したらいいですか?」
『宮島に来てくれ』
へーい、と気の抜けた返事をして友永は通話を終えた。
宮島に到着する。
仕事にかまけてろくに家族サービスもしなかったな……と、観光地に来るとそんなことを考えてしまう。
友永が指示された場所に向かう途中で、狭い路地裏の方から、言い争うような声が聞こえた。
どうするか、迷ったのは一瞬だった。
班長やジュニアに感化されてんな、と苦笑しつつ、入って行く。
和服姿からして恐らく、旅館の仲居だろう。
彼女を囲んでいるのは見るからにチンピラとわかる男二人。そして。
支倉潤。
れっきとした暴力団幹部であり、友永にとっては仇敵とも言える男である。
「おい、何やってんだ?」
「おや、友永さん。おはようございます」
支倉はいたって普通の様子で声をかけてきた。
心臓を鷲掴みされたかのような感覚に襲われるが、辛うじて平静を保つ。
友永の出現に戸惑ったチンピラ達は顔を見合わせつつ、女性から少し距離を置いた。それから支倉の顔色を伺う。
仲居の女性はさっ、と友永の後ろに隠れた。
じっくりと女性を観察する暇はなかったが、年齢はおそらく自分とそう変わらないだろう。が、目鼻立ちのくっきりした、なかなかの美人だった。
「お前さん、美少年にしか目がないくせに、今度は熟女に路線変更しやがったのか?」
すると支倉は、くすっと笑う。
「……誤解ですよ。私は、そちらのご婦人にお聞きしたいことがあっただけです」
「ふん、チンピラを二人も連れて質問たぁ、ずいぶん物騒だな?」
チンピラと呼ばれた男2人はそれが気に入らなかったのか、さっと気色ばんだ。
しかし支倉がさっ、と手を挙げると2人は大人しくなる。
「とにかく。なんだかんだ理由をつけて署っ引かれたくなかったら、とっととここから去れ!!」
「……仕方ありませんね。ここは一つ、友永さんの顔を立てて去るとしましょうか」
彼は言葉通りにその場を立ち去った。




