たまにはいいな、こういうのも。
「よし、それじゃ家に帰って掃除しておいてくれ。それと、洗濯物。冷蔵庫に賞味期限切れのものが入っていたら、それも処分な」
「……病人をそんなに使うんですか?」
「仕事しようとする奴が、何が病人だ。今日1日しっかり休んだら、明日から仕事に戻れ。いいな?」
どうも納得していない様子だ。
「……返事は?」
「……はい」
いい子だな、と微笑んで頭を撫でてみる。
和泉は驚いて顔を真っ赤にした。
久しぶりにいろんな意味で優位に立った。
聡介は深い満足感を覚えて、病室を後にした。
周とはそこで別れた。
捜査本部に戻らなければ。
病人で溢れかえっている待合室を横目に見ながら、聡介が出口に向かって歩いている時だった。
少し離れた場所に、見覚えのある人物が歩いているのが見えた。
杖こそついていないものの、どこか片足を引きずるかのような独特の歩き方。
髪はすっかり白くなっていたが、顔立ちは少しも変わっていない。
重森だ。聡介に刑事の仕事を教えてくれた人。
思わず駆け寄った。
「シゲさん……!!」
重森に間違いなかった。
彼は振り返ると、驚きを顔いっぱいにあらわした。
感情を表に出すな、と若い頃はさんざん口うるさく言っていたくせに……と、少しだけおかしくなる。
「高岡……高岡聡介か?」
そうです、と微笑んで見せる。
すると、重森も微かに笑ってくれた。
「お久しぶりです。先日は、遅くに電話してすみませんでした」
それから、お元気でしたか、と言いかけて慌てて口を噤む。
病院で再会しておいて、元気でしたかはない。
もしかして足の治療だろうか?
そう考えたら胸が痛んだ。
「いや……連絡をありがとう」
おどろいた。
若い頃は何をしても、簡単に礼など言う人ではなかった。
「あの、シゲさん。どこか悪いのですか?」
遠慮がちに聡介は訊ねてみた。
「……歳を取るとのぅ、否応なく医者にかからにゃいけん」
重森はそれほど自分と歳が変わらないはずだ。だが、外見だけでいえば一回りぐらい年上なのではないかと思われるほど、すっかり老け混んでしまったように見える。
「……今、診察が終わったところじゃ。お前さん、時間はあるか」
懐かしい。
彼は聡介のことをいつも『お前さん』と呼んでいた。正直なところを言うと、時間はない。
だが。
「大丈夫です」
ふと、聡介は坪井課長の事を思い出した。
県警内部の誰かが暴力団関係者と癒着しているようだ。その該当者として、重森が挙げられている……。
「ほんなら、ちぃと付き合えや」
重森は【喫茶コーナー】と矢印の描かれた方向へ歩きだした。




