ストレスが溜まるだなんて、どの口が言ってるんだ?!
聡介は先ほどから、やや驚いていた。
賢い子だということは知っていた。年齢の割に少し大人びているような、それでいて妙に子供っぽいところもあるこの少年の言うことに。
なんというか、素直で純粋。
きっと親も立派な人だったに違いない。
あの変人、和泉が可愛がる訳だ。
聡介は香りも色もやや薄い紅茶を飲んでから、口を開いた。
「そういえば……」
今日は休みなのか、と訊ねかけたところ、不意に少年が妙な表情をする。
「嬉しいな~。聡さんと、周君が来てくれた!!」
いつの間にか背後に和泉が立っていた。
振り返ると彼は寝間着姿ではなく、スーツを着ていた。
「い、和泉さん?!」
「ねぇ、どこかで一緒にちょっと高いコーヒー飲もう? 聡さんの奢りで!」
「……病室に戻れ。そんな紙みたいな白い顔をして、何が……」
聡介が肩に置かれた和泉の手を振り払うよりも先に、
「ねぇ、和泉さん。顔色悪いから、一度病室に戻ろうよ?」
周が優しくそう言った。
すると驚いたことに、
「……うん……」
これだな。
聡介は学習した。
このバカ息子に無茶をさせないための有効な方法は、周を上手く使うことだ。
結局、病室に戻る。
しばらくして医師がやってきた。
なんだかどこかで見た顔のような気がするが、どこでだっただろう?
「……何か?」
じっと見ていたことに気付かれた。
「いえ、なんでも」
目を逸らすと周の顔が視界に入った。彼もなんとなく不思議そうな顔をしている。
どこで見たんだっけ……?
医師は診察を終えると、昨夜の検査結果を説明してくれた。
「脳や内蔵に何も異常はないですね。中性脂肪もほとんどないし。まぁ、お疲れなんでしょう。ストレスを溜めると体に悪いですよ」
「ストレス……?」
思わず聡介と周は同時に呟いていた。
「今日、退院してもいいですよね?」
和泉の問いに、医師は苦笑した。
「ま、自宅療養ってことなら。今日一日ぐらいは、大人しくしていた方がいいですね」
それじゃ、と医師は病室を出て行った。
「やったぁ! 家に帰ってもいいんだって」
和泉は嬉しそうにウキウキしている。
「……じゃあ俺、帰るから」
周はホッとした顔を見せてから、そう言った。
「どこ行くの?」
「年末年始は、姉さんとこの手伝いするから……宮島に」
「じゃあ、僕も一緒に行く」
「……はい?」
「だって、周君……ガイシャが宿泊した部屋を担当した仲居さんでしょ? いろいろ話を聞かないと……」
思わず聡介は溜め息をついた。
「今日一日は休めって言われただろ?!」
「だってぇ~……お休みなんかしたら、かえってストレスが溜まっちゃいますよ。今、お医者さんが溜めちゃダメって言ったばっかり……」
聡介は思わず和泉の胸ぐらをつかんだ。
「お前がストレスで倒れるなら、俺なんかとっくに墓場に行っとるわボケ!!」
それからしばらくじっと和泉の目を見つめていたら、気まずそうに目を逸らされた。
「なぁ……」
手を離して、やや俯き加減に聡介は本音を打ち明けることにした。
「訊かれたくないことがあるなら、無理には聞かない。だがな、お前のことを心配するのは俺の勝手だ。そうだろう?」
「聡さん……」
まだすべて明かされていない、和泉の胸の内に何があるのかは知らない。
けれど、無理にこじ開けたりしなくてもいい。
不要なことだ。
聡介がまだ知らない、彼の真実があったとしてもそれでかまわない。
すべてを知ってもなお、これからも息子として愛するつもりだ。
2人の間にある信頼関係は決して、脆い土台の上に築かれているとは思っていないから。




