昔から、ちっとも変ってないわね~。
「あら、起きたのね」
突然、頭上で声がした。
声の主が誰なのかを悟った和泉は、相手に背を向けて横になった。
さっき見た夢は過去の記憶、悪夢だ。
引き金となったのは【容疑者の自殺】という事実。
あれからもう、何年も経っているというのに……。
「すごい声で悲鳴あげてたわよ。まるで、誰かに襲われてたみたいに」
「……」
「寝間着、替えた方がいいわよ。ひどい汗かいてるから。そのままじゃ風邪をひいちゃううわ」
無視するつもりだったが、できなかった。
相手は言ってる傍から和泉の寝間着を引き剥がし、新しいものと交換してしまった。
その手際たるや、見事としか言いようがない。
「久しぶりね、彰ちゃん。何年ぶりかしら? こっちに帰ってきたわよ」
返事をしなくても向こうはお構いなしに続ける。
「なんか、知らない内にいろいろ面白いことになってるじゃない? 会ったわよ、あんたの言ってた【聡さん】って言う人。なんて言うか、優しそうで人がよさそうで……さっきも電話かけてきてた。ものすごく心配してたわよ。愛されてるわね、あんた」
「……ええ、そうですよ」
和泉は背を向けたまま答える。
「あの人にとって、部下は全員……家族なんです」
「その台詞……何年か前にも聞いたわね」
「一緒にしないでください!!」
和泉は思わず大きな声を出して、相手の方を向いた。
ずきん、と頭痛がしたが、かまわず続ける。
「聡さんは、あの人だけは違う!!」
ふーん、と気のなさそうな返答。
「どうでもいいけど、病室であんまり大きな声出さないで」
和泉は起き上がって手元のライトを照らした。
「……どこ行くのよ?」
「帰るんですよ、捜査本部に」
「とっくに会議は終わって、刑事達は道場で寝てるか、家に帰ったわよ」
「捜査会議にまで顔を出したんですか? いや、余計な首を突っ込んだっていうか」
「いいじゃない、アタシだって刑事の1人よ?」
「捜査の邪魔をしないでください……」
言い過ぎたかな、と少し後悔したが、相手はまるで気にしていない様子で、
「あら。あの課長と管理官のコンビじゃ、迷宮入り決定よ?」
「だから、そうならないために我々がいるんです。県警の中で、捜査1課高岡班がなんて言われてるか知らないんですか?」
「さぁ?」
「……必ず真相を明らかにする【検挙率NO.1集団】ですよ」
ぷっ! と吹き出し笑いが聞こえる。
「何がおかしいんですか?!」
「自分で言うからよ。でもまぁ、確かにあの警部……見た目はあんなだけど、頭は悪くなさそうだわ」
「僕という相棒がいるからです」
「ふーん……本気で惚れ込んでるのね。また、あの時みたいに裏切られたりしなきゃいいけど」
和泉は余計なことを思い出させてくれた相手を睨んだ。
「……聡さんは、絶対に僕を裏切ったりしません!!」
「だから、病室で大きな声を出すなって言ってるの」
「……」
「とにかく、今は休みなさい。そんなヘロヘロの状態じゃ働く頭も働かないわよ」
大きな手が肩をつかんで、有無を言わせずベッドの上に押し倒される。
「あんたって昔から一つのことに夢中になると、まわりが見えなくなるタイプなんだから」
それから何を思い出したのか、彼はくすっと笑うと、
「そういえばあんた、お嫁さんに逃げられたんだって?」
「もう寝ますから、お休みなさい」
「ほんっと昔から、変に鈍いっていうか、わざとよね? 本気で自分のこと思ってくれる相手には全面的に心を許さないくせに、上っ面しか見てない奴には、許したフリをするの。たまには素直になりなさい。大好きな【聡さん】を悲しませたくないならね」
和泉は身体の向きを変えて、小さな声で答えた。
「わかってますよ、北条警視……」




