そんな表情するんだ……
「でも。真実はそれだけじゃなかった。というより、もっと他の事情が絡んでいたんです。玲奈さんが亡くなられた時、現場には若尾もいたのです。奈々子さんがその情報をつかんでくれたんです」
「……」
「必ず、若尾に真実を話させ、謝罪させる。奈々子さんはそう言いました。けれど……それは実現しなかったと思われます」
「……当然じゃ」
重森が口を開いた。「あの男はワシが玲奈の父親じゃちゅうことを、まったく気付いておらなんだ。それどころか、玲奈のことさえ覚えておらんかったわ!!」
でしょうね、と和泉は残念そうだ。
「それで、若尾に打ち明けたんですか? ご自分が玲奈さんの父親だということを」
そう言っておきながら、
「言う訳ありませんよね。警戒させてどうする、って話です。ただもしかしたら、パシリの方は気付いたかもしれません」
「ああ、影山のことか。あいつは、そうじゃ。ワシのこと……玲奈のことを覚えとったんよ。あいつは必死に言い訳しよった。自分は決して関わってもいないし、現場を見てもいない。このことは若尾には黙っておくっちゅうて」
じゃけど、と彼は続ける。
「若尾も影山から話を聞いたんじゃろう。ある日から、コロっと態度を変えおった」
すると和泉は、
「だいたい想像はつきます。あなたは大切な情報源ですからね。あの時、現場にいたのはお嬢さんを助けるため。でもそれが叶わなくて申し訳なかったと……涙さえ浮かべてみせたかもしれません。腹の中では舌を出しながらね」
「……」
「実はあの時、お嬢さんが亡くなられた本当の事情を知っている。警察は自殺で処理してしまったけれど、そうじゃない。詳しいことを教える代わりに、重森さんが知っている、他の誰も知らないもっと重要な情報を提供して欲しい……」
まるで被害者が生き返って、和泉の口を通して供述しているような錯覚を覚えた。
「重森さん、組対にいるんでしょう? だったら市内の暴力団関係者について詳しいですよね? なんでもこの宮島のとある場所で、麻薬取引をやっているっていう噂を聞きました。神をも恐れぬ諸行ですよね……もしかしたら取引現場を現行犯で抑えるため、張り込みが予定されている日時とか知ってるんじゃないですか?」
「……それから?」
「若尾が殺害されたあの日の夜。今夜がその時だ、と情報を流した……ただし場所は広島港。広島みなと公園付近だと教えたのでしょう。若尾は急いで出かけて行った。もちろんそこにはヤクザ達が集まっていましたよ。ただし……組対の刑事は重森さん以外、誰もいませんでしたけどね」
しーん、と部屋の中が静まり返る。
そして。
重森は肩を震わせ、さもおかしそうに大きな笑い声を上げた。
「おい、お前さん。ほんま、面白い部下を持っとるのぅ?! ワシもこんなのには会うたんは初めてじゃ!!」
しかし、笑っている夫の隣で、妻は青い顔をして黙りこんでいた。
「……と、まぁ。若尾竜一になりきったつもりで、想像をお話してみましたが。いかがでしょう? 沼田亜美さん。僕は俳優になれそうですか?」
沼田亜美はわなわなと震え、返事をしなかった。
「ところで」
と、いきなり和泉は口調を変えた。
「あなたご自身が、直接若尾に手を下したんですか? 重森さん」
しばらく、誰も言葉を発しなかった。
「ここで支倉と会っていたのは、その事件の時のことで、今後どうするか話し合っていた……そんなところじゃないですか?」
やがて。
「もういい、もうやめて頂戴!!」
と、叫んだのは重森貴代であった。
「どうして今さら、こんなことまでして、あれこれ引っかき回さなくたっていいじゃないの!! ねぇ、そうでしょう?! 私、帰るから!!」
「貴代!!」
そう叫んで立ち上がりかけた彼女の手をつかみ、抱きしめるようにして止めたのは、重森であった。
「もう潮時なんじゃ。のぅ、貴代。黙ってこの刑事の話を最後まで聞こうや……」
「いいえ、重森さん」
和泉は彼を見つめた。
「ここからは、あなた方がご自分で真相を告白すべきです」




