重たい空気だなぁ
「この男に『監察官』という役割は実にぴったりしっくりくる役割でした」
警官達は全員、ぴくりと反応する。
監察を恐れない警官はいない。
何しろ彼らは【警察の中の警察】なのだから。
「正義を標榜する警察官といえど、なんだかんだ皆、叩けば埃の1つ2つ出ますよね~。あ、聡さんと坪井課長と北条警視は別ですよ? 葵ちゃんとうさこちゃんもね。2人とも真面目を絵に描いたタイプだからね。HRTの皆さんは、隊長さんが恐ろしくて、とてもじゃないけど……」
特殊捜査班の隊員は全員、こくこくと黙って頷いている。
「ワシがその、問題警官だと言うんじゃのう……?」
重森が口を開く。
和泉は笑顔を引っ込め、
「厳密に言えば、自ら望んで暴力団関係者と癒着した警官……なのではありませんか?」
「……」
「その点については後回しにして、話を進めます。さて、重森さんが怪しいことをつかんだであろうパシリ君は、さっそく若尾にその話をしました。そして若尾はあなたに近づいてきた。そういえば宮島で麻薬取引が行われてるみたいな話を聞きましたけど、本当ですか? 警察はどれぐらい情報をつかんでいるんですか……?」
「そんなこと……」
「教えられる訳がないですよね、当然です」
なんですが、と和泉は続ける。
「ここで一つ、お訊きしたいのです。重森さん。若尾竜一を見た時、すぐにピンときましたか?」
「……何の話じゃ……?」
「大切なお嬢さんが、若くして命を失う結果となった……その原因を作った男だと」
坪井課長は驚いている。
彼は腰を浮かせ、重森に詰め寄った。
「その話はほんまなんか?! どうなんじゃ、シゲ!!」
重森は黙っている。
「黙っとらんで、答えんか!!」
「落ち着いてください、課長。答えがないなら、勝手な推測を僕がお話させていただきます。それでいいですね?」
やはり返事はない。
「坪井課長はご存知ないでしょうから、最初からお話しますね。重森さんには玲奈さんという1人娘がいました。彼女は学生時代、沼田亜美というヤクザの娘が好意を寄せていた若尾竜一という男から、好かれていました……要するに三角関係ですね。ちなみに3人ともクラスメートでした」
課長は驚いている。何も聞いていなかったようだ。
「しかし玲奈さんは若尾を相手にしませんでした。好みじゃなかったのか、あるいは沼田の娘を恐れてかは知りません。そうは言っても、人間の感情として……玲奈さんが沼田亜美から恨みを買うのは必然でしょう。ひどいイジメがあったそうですよ」
そんなことが……と小さな声で呟く声が聞こえた。
「挙げ句の果てに、玲奈さんは亡くなりました。寒い冬の日、あの広島みなと公園付近の海で溺れて……当時の所轄は彼女がイジメを苦にした自殺だ、と断定して捜査もせずにこの件を終了してしまいました。ちなみに」
和泉は吐き出すように、
「当時、その案件を扱ったのは宇品東署です。課長は大石……今の1課長です」
全員がなるほど、という顔をした。
あいつならやりかねない……そんな空気だ。
「でも重森さんはとても、玲奈さんが自殺なんて信じられなかった。彼女の親友だった奈々子さんもそうです。百歩譲って事実だったとして、ただ、魚谷組……沼田亜美1人がお嬢さんの仇なのだと考えたでしょう」
「だからか……? あんたは自ら、4課への異動を希望して来たって聞いた」
坪井課長は問うが、回答はなかった。
「さて。念願かなって暴力団関係者とのつながりができた……っていうのも妙な言い方ですが。これで重森さんは、お嬢さんの仇に一歩近づくことができた訳です」
「そんなバカな……」
課長の呟きはもっともだ。
「お前まさか、一人で何とかしようと考えとったんか?! のぅ、シゲ!!」
「……」
「なんで、そんな……」
義理人情に厚い上司は、肩を震わせていた。泣いているのかもしれない。
それでも重森は黙っていた。




