ちょっとしたハードボイルドみたいな
宮島へ行くぞ、と唐突に父が言いだした。
和泉は特に何も訊ねることなく承知した。
事情はだいたいのところ察している。
先ほど、聡介の携帯電話に着信があった。
おそらく『貴代さん』に呼び出されたのだろう。
その存在については少しだけ聞いている。
うさこも一緒に行きたそうな顔をしていたが、彼女には連絡係を任せて、捜査本部に置いて行った。
宮島に向かう途中、和泉は父の顔色を伺った。あまり良くない。
あれからすぐに重森玲奈の父親について調べたところ、元教師の話は本当だった。
玲奈の父親は重森悟志巡査部長。現在、組織犯罪対策課所属。坪井課長の部下である。
そして、聡介と何度か同じ所轄の刑事課にいたという記録があった。
顔見知り……いや、かなり親しい間柄だろう。
自分と出会う前の相棒だったらしい、とも聞いた。
その娘は、公式には自殺となっていた。
冬のある日、自ら海に飛び込んだ。
彼女はクラスでイジメにあっており、苦悩の末、死を選んだのだとなっている。
しかし。目撃証言や遺体発見時の供述にはやや曖昧な点があり、死に場所として選ぶにはあまり相応しいとは言えない気もした。
現場となった場所は倉庫やコンテナ、フェリー乗り場は、人気こそないものの特別に景色が美しい訳でもない。
むしろ例えは悪いかもしれないが、刑事ドラマだと必ずと言っていいほど死体が転がる廃工場だったり、暴走族が集まるような場所である。
若い女性が死に場所として選ぶには、あまりにも見栄えがしない。
もし自分だったら。
和泉はそう考えた。
娘が本当に自殺したのか、そこから疑い始めるだろう。
仮に自殺だとして、誰が彼女を追い詰めたのか、徹底的に洗い出す。
そして同じ目に遭わせることを考えるだろう……。
警察手帳の威力は半端ではない。黒い手帳をちらりと見せれば、大抵の一般市民は怯えて、知っていることを話してくれる。
手帳をちらつかせて真相を探る。
まして刑事であればお手のもの、と言ったところか。
若尾竜一をめぐり、ヤクザの娘から嫉妬心を買ってしまった娘。
まさか、重森玲奈の父親は組織犯罪対策課に自ら異動願いを出したのだろうか。
願わくば自らの手で娘の復讐を。
いっそのこと組そのものを解体させてやろうか、と言うぐらいのつもりで。
まさか。
たった1人の力で何ができるというのだ。
それにしても、父の顔色は優れなかった。
それから和泉は連鎖的に思い出した。
県警職員の誰かが、暴力団関係者と裏でつながっているという噂だ。
それがもし重森だったとしたら?
敵の懐に潜り込み、情報を得るつもりで。
しかしミイラ取りはミイラになってしまった。
考えれば考えるほどに疑惑が膨らんでいく。
しかしとりあえず、和泉は黙っておくことにした。




