刑事だって人間なんだってこと、忘れないで欲しい。
いろいろな情報が上がってくるが、どれも大切なようで些細のようにも思えてしまう。
あまり捜査に集中できていない。
そのことに気付いた聡介は、溜め息をついて立ちあがった。
お茶でも飲んで少し気分を変えよう。
先日の貴代との再会が、かなりの部分自分を動揺させているのは確かだ。若い頃のことが否応なく思い出されてしまう。
自分を庇って怪我を負った重森のこと。
お前のせいじゃない、気にするな。
これでもう心配しなくて済む、と微笑んだ貴代の表情。
刑事の妻って、意外と心労が強いのよ。
あの2人が本気で愛し合う夫婦なのだとわかった時、聡介は少なからず嫉妬を覚えたものだ。
願わくば彼女の隣に立つ男が、自分であったら……なんて。
その頃、2人の間には娘が生まれたばかりだった。結婚してわりと年数が経過し、もう無理だろうかとあきらめかけた頃に授かった、大切な命である。
玲奈と名づけられたその少女は、母親似の綺麗な少女だったことを覚えている。
歳をとってからできた子供が、たとえようもなく可愛いのはなぜだろう?
異動のため、顔を合わせることがほとんどなくなってからは、お互いに連絡は年賀状の遣り取りぐらいしかしていなかったが、重森から届く年賀状には毎年のように、娘の写真が映っていた。
年始の挨拶に加え、将来は母親みたいな女警になるらしい、とクセのある字で書かれていたことを今でも思い出す。
生きていればきっと、うさこぐらいだろう。
その最愛の1人娘が亡くなった。
それも自殺などと言う形で。
詳しい原因は知らない。だが、親よりも先に亡くなってしまったという事実だけは先日、母親である貴代の口から聞いた。
重森のショックはいかほどだろうか。
子供に先立たれることが親にとってどれほど辛いことか、娘を持つ父親である聡介に想像がつかない訳がない。
そんなことを考えていた時に、和泉と結衣のコンビが戻ってきた。
「聡さん、実は……」
2人からもたらされた報告は、聡介にとって、あまりにも衝撃が大きすぎた。
重森と貴代の娘が亡くなった原因。その原因と思われる詳しい事情を聞いた聡介は、激しく気持ちをかき乱されてしまった。
クラスメート達からのイジメに遭い、苦悩の末に? それも異性を挟んだ人間関係のもつれが原因だなんて。
そこに間接的に関わっていたのが、今回の被害者。
まさか、娘の復讐……?
そんな考えが浮かんでいたのだった。
「実はですね。その自殺事件の捜査資料なんですが……あまり詳しいことは書かれていないんですよね」
「どういうことだ?」
和泉は肩を竦めて、小声で言う。
「なんていうか、手抜き仕事ってところじゃないですか? よく上司がハンコを押したものですよ」
嫌な予感はどんどんと膨らんで行く。
聡介は携帯電話を取り出すと、重森に電話をかけようと思った。
しかしそれよりも先に着信音が鳴り響く。
ディスプレイを見てギクリとしてしまう。
貴代からだ。
どうしよう。
少し悩んだ時、すぐ近くにいた和泉がどこか疑惑の眼差しでこちらを見ている。
聡介はその視線を跳ねのけるように立ち上がり、窓際に身を寄せた。
「……高岡です……」
『聡介君? 私、貴代だけど』
「どうかしましたか……?」
『少し、話したいことがあるの。今からこっちに来れない?』
「こっちというのは?」
『宮島よ。今日は私、お休みなの。馴染みのお店があってね、そこならゆっくり話せるから……』
何の話だろう?
そう思ったのは一瞬だった。当然、事件のことに関する何かに違いない。
「わかりました……すぐに向かいます」
『聡介君、一人で来てね』
「え……?」
『だって、他の人には聞かれたくないもの』
少し悩んだが、
「そう言う訳にはいきません。刑事は2人1組が基本です」
彼女だってかつては県警の職員だったのだから、わかっているはずだ。
だが。
『……いいわ。じゃあ、午後6時頃に『暖夜』って言うお店でね』
どことなく嫌な予感がした。




