なぜそういう問いをするのか、思考回路を説明して欲しい。
ゴロゴロ。嬉しそうに目を細め、喉を鳴らす猫を見ていると、気持ちが和む。
旅館を一歩出てから駿河は、今聞いた話を頭の中で整理していた。
あの白鴎館の若旦那が血相を変えて乗り込んで探しにきた、潤さんというのは誰のことだろう?
そして『末端価格』という単語が気になった。
「……おい、張り込むぞ」
「え?」
突然、友永が妙な事を言い出した。
「お前、あの旅館には知り合いがいるんだろ。どこか空いてる部屋を借りることだってできるだろうが?!」
どうしたのだろう。
いつもは和泉とはまた違った意味で適当な相棒が、いつになく真剣な顔をしている。
「友永さん?」
「お前、忘れたのか!! 潤さんって言ったらあの、魚谷組の支倉だ!! 末端価格って言えばクスリのことだろうが?!」
駿河は驚きと戸惑いで、思わず猫を抱いたまま旅館に戻った。
すると。
あら、と出迎えてくれた女性は友永の言う『鶏ガラ』である。
駿河は彼女のことを知っている。話したことはないが。相変わらず顔色が悪い。
「約束は、もうちょっと夜遅くだって言ったじゃない……」
「それどころじゃねぇ! 支倉はどこにいる?!」
いつになく熱い調子で友永が食ってかかると、
「あんたも、そっちの趣味の人……?」と、妙な目で見られた。
「バカ言ってんじゃねぇよ!! 空いてる部屋があんだろうが?! いいから用意しろ、今すぐにだ!!」
「……ペットはお断りなんだけど」
すると。三毛猫はするり、と駿河の腕から降りてどこかへ走って行った。
「2人一部屋でいいわよね? 布団は一つでいい?」
「……」
支倉が宿泊しているのは507号室。
この旅館はL字型に建てられている。駿河達が案内してもらったのは、その部屋がどうにかして見える位置にある、見晴らしという面では微妙な部屋……ではなく、物置だった。
寒くて暗い。
「友永さん……まさか、この旅館で麻薬取引が行われると?」
友永は双眼鏡を手に、支倉の泊まっている部屋を注視している。
「わからん。ただ、あの男が出てくるところには必ず……何かしらのトラブルがあるもんだ。上手くすれば、組対の連中を出し抜いて手柄を上げられるかも知れんぞ」
「……そう、上手く行くでしょうか?」
少し意外だった。友永は手柄だとか名誉だとか、そう言ったことにまったく無頓着な人間だと思っていたからだ。
「なんてな、俺の場合はちょっとした私怨だ」
「私怨?」
「それにしたって、やっぱり俺の読みはズバリ当たってだろ? お前の元カノとその弟は、何かしら『持ってる』んだよ」
先ほどもそうだったが、元カノとか言わないでほしい。
言っても無駄な気もするが。
「……ですが、友永さん。職域を越えて行動することは……」
警察組織はとにかく縦割り社会だ。
麻薬取引の現場を抑えたのが、強行犯係の刑事だったとなると、4課の刑事達が黙っていない。
班長に迷惑をかけることにならないだろうか。
「細かいこと言ってんじゃ……げっ!!」
「どうしました?」
何でもない、と友永は首を横に振る。
「何があったんです」
「……お前は絶対に見ちゃダメだ、いいな?」
何がなんだかわからないが、彼がそう言うのならきっとロクでもないことなのだろう。そう考えた駿河は素直にはい、と答えた。
「こっちの件は生安かな……」友永はブツブツ言っている。
なぜそこに生活安全課という単語が出てくるのか。
駿河は携帯電話を手に取った。あまり電波の状態が良くない。
「班長に報告してきます」
立ち上がって物置を出る。
一度館内に入って廊下を歩いていると、向かいから杖をついた男性がやってきた。
とは言ってもそれほど高齢と言う訳ではなさそうだ。おそらく班長と同じぐらいだろう。
気になったのはその、射貫くような鋭い眼つきだ。同業者だろうか。
駿河は軽く会釈して通り過ぎようとした。
「……捜査1課か」
相手はすれ違いざま、そう呟いた。
なぜわかったのだろうか? いろいろな要因を考えてみる。私服警官である自分達が捜査1課の所属だと判別するのに、目印となるのはジャケットの襟に着けた金色のバッジだけである。
「あなたは……?」
駿河は足を止めて、相手に声をかけた。
杖をついた男は振り返ると、
「……高岡聡介に、よろしく伝えてくれ……」
それは、上司の名前ではないか。
どういうことか問いただそうとしたが、男は一切の質問を拒否するかのように、再びこちらへ背を向け、歩きだした。




