ネズミはネズミでも、どっちかっていうと、ピカっと光る方よね?
ちょんちょん、と何かにつつかれて美咲は目を覚ました。
にゃー、と猫の声がする。
傍にいて欲しい、なんて思いもよらなかったいことを言われて、ずっと賢司の様子を見守っていたのだが、いつの間にか眠っていたらしい。
驚いたことに夫と手をつないだままだった。
美咲はそっと手を離し、彼の手を布団の中に入れた。
三毛猫が何か言いたげに、美咲の膝に前肢を乗せてくる。
「プリンちゃん……どうしたの?」
三毛猫はついてこい、と言いたいのか身体の向きを変える。美咲は後を追った。
どうやら旅館の方に向かっているようだ。
それから。裏口から回って中に入ると、驚きの光景が目に映った。
ロビーで周と、あの斉木晃が対峙している。一目見て異様な状態だとわかった。
美咲はすぐ近くにビアンカを見つけた。
「ねぇ、どうしたの。何があったの?」
「それが、私にもよくわからないのよ。ロビーが騒がしいと思ったら、なんだか……」
「専務さんは?!」
「女将さんと一緒にさっき、どこかへ出かけたわよ!!」
どうしてこのタイミングで!!
晃は美咲に気付くと、ギラギラ光る目で睨んできた。
「お前でしょう?! お前が、あの人をたぶらかして……いや、上手く言いくるめてここに連れ込んだんだ!!」
それだけでなんとなく美咲にはピン、とくるものがあった。
おそらく。晃の最新の恋人がこの旅館にやってきたに違いない。
相手が誰かまでは知らないし、興味もないが。
「いいから答えなさい!! 何号室ですか?!」
「……知らないわ」
美咲が素っ気なく答えると、ますます怒りに火がついたようだ。本当に知らない。
先ほどまで実家の方にいたのだから。
「嘘をつくな!! だったらどうして、こんな旅館にあの人がやってくるんだ?!」
その言い方にカチンときたものの、まともに相手をしてはいけない。
それよりも。
周がどう動くか、美咲にはその方が心配だった。
弟はすっかり怒っている。
暴力沙汰を起こして欲しくない。この男の扱い方なら、美咲の方が良く知っているし、慣れているのだから。
と、思ったら案の定……。
「おい、こんな旅館って何だよ?!」
「周君!!」
「いい加減にしねぇと、本気で警察呼ぶからな!!」
「好きになさい! それよりも、潤さんはどこにいるんですか!!」
ああ、あの男か。
美咲の頭にすぐ該当の人物が浮かんだ。
ということは、あの男が泊まりにきているということか?
何かあるのだろうか。
美咲があくまで冷静に、しかも答えないことにイラついたのか、晃は手近に会ったフロントのカウンターをバンバンと叩く。
「どうしました? 日本語がわからない訳じゃないでしょう! さっさと……」
「そっちこそ住居不法侵入って知ってるのか?! こっちだってお前なんか呼んでもいないんだよ!!」
止めるべき……だったと思う。けど、この男がどういう反応を見せるのか、少し興味があったのも確かだ。
すると。晃は突然、訳のわからないことを言い出した。
「わかったぞ! 寒河江の娘!! お前の狙いはお金でしょう?!」
何の話をしているのだろう?
美咲が不思議に思って黙っていると、
「今や、取引額は末端価格で4、5万はくだらない……だからその子ネズミを使って、潤さんをたぶらかして……!!」
何の話だ? 訳がわからないが、どうやらきな臭い話のようだ。
子ネズミと言うのはおそらく間違いなく周のことだろうが。
「誰が子ネズミだ?! ふざけんなよ、このオカマ野郎!!」
ああ、ついにNGワードを口にしてしまった。
「周君、ダメよ……!!」
しかし、時は既に遅かった。
晃は手近にあったペンや卓上カレンダーなどを、手当たり次第に投げつけてくる。
「うわっ?!」
周君! とっさに美咲は弟を庇った。
【怒髪天を突く】というが、まさに今の晃がそれで、カウンターの上にあったものだけでは飽き足らず、応接セットの机上に置かれている飲み物のメニュー表、挙げ句の果てには自分が履いていたスリッパまで投げつけてくる始末である。
やがて。晃は窓枠に置かれていた一輪挿しの花瓶を手に取ると、思い切りそれを振り上げた。
もしも誰かに当たったら怪我をしてしまう。
そんな心配をしている間に、花瓶が宙を飛ぶ。
美咲は目をきつく閉じた。
ガシャン、と陶器の割れる音と共に、女性の悲鳴。
そして。
「離せ、はなせえぇ~っ!!」
晃が妙な悲鳴をあげた。
何が起きたのだろう?
ゆっくりと目を開ける。
「器物損壊および、営業妨害で署に来ていただくことも可能なんですよ?」




