何が何やら、なんだけど?
その時。
「失礼いたしまぁ~す!!」
どこか芝居じみた言い方で襖を開けて中に入って来たのは、なぜかビアンカであった。
「お客様、支倉様でいらっしゃいますね?! 毎度、ご贔屓にしていただいてありがとうございます!! こちら、女将から特別に差し入れでございます」
彼女は日本酒の一升瓶を大事そうに抱え、座卓の上に置いた。
それからなぜか、周の手をつかんでくる。
「どうぞごゆっくり~」
ビアンカはものすごい力で周を引っ張り、部屋の外に連れ出した。
「……なんなんだよ?」
周は姉の友人の横顔を見た。すごい表情をしている。
「……」
「ねぇ、ビアンカさん」
「……あの男、ヤクザよ」
その一言で周はすーっ、といろいろなものが腑に落ちた。「その上、その手の趣味の持ち主らしいわ」
「何? その手の趣味って……」
知らない方がいいわよ、と答えてからビアンカは周の背中を押した。
「あの部屋の担当は、私と交代。お風呂場のタオルが溜まってきたから、回収してきてって言われてるわよ」
なんとなくいろいろ振り回されている感じがしたが、嫌な気持ちはしない。
むしろ助かった気がする。
周はとにかく風呂場へと急いだ。
濡れたタオルを回収していると、一人の男性客が風呂場へ入ってきた。
パッと見た感じではまだ若く、周とそれほど年齢は変わらないだろう。この年齢層の客はめずらしい。
お客様に出会ったらご挨拶、と言われている周は、いらっしゃいませ、と声をかけた。
振り向いた男性客は、にこっと微笑んでくれた。
綺麗な顔をしている。それこそ、女性と見間違えてしまうぐらいの。
一瞬だけ、間違えて【女湯】の方に入っただろうかと思ってしまったぐらいだ。
そう言えば智哉は元気だろうか……。休みに入ってから、まったく連絡を取っていないことに気付く。綺麗な顔をした男性を見ると、連鎖的に彼のことを思い出してしまう。
あの家も何かと複雑だし、智哉は苦労症だし、仕事が終わったら電話でもしてみるか。
大量のタオルを腕に抱えて洗濯物を集める部屋に行き、それから次の作業に移ろうと歩いている時だった。
ロビーから大声が聞こえた。
なんだ?
周は小走りに近づいていく。
こちらに背を向けて困った様子を見せているのは、確か節子さんと呼ばれていた仲居だ。
そして。何やらギャーギャー喚き立てているのは……。
「女将を呼べ、って言ってるんですよ!!」
誰かと思えば、あの【白鴎館】のオカマじゃないか。
「見たんですよ!! さっき潤さんが、ここに入っていくのを……!! いいから答えなさい!! 何号室ですか?!」
「ですから、そう言ったことには対応できかねますので……」
弱腰の節子さんは、すっかり引けている。
仕方ない。
周は仲居とオカマの間に立ちはだかった。
「あんまり大騒ぎすると、警察呼ぶよ?」
こんな奴に敬語を使うことはない。
すると、
「お、お前は……あの女の……?!」
「あんたなんかに【お前】呼ばわりされたくないな」
名前は忘れてしまった。というよりも、覚えるつもりもない。どこの誰だったかぐらいは思い出せたけれど。
「こ、この……泥棒猫!!」
訳のわからない罵声を浴びせられ、周もキレた。
こうなったら、本当に警察を、刑事を呼んでやる!!




