言っておくが、俺の妄想じゃねぇぞ?
果たして年内にこの事件は解決するのか?
友永はにわかな不安に襲われた。刑事に盆も正月もないのは知っている。
だが、子供との約束は守らなければ。
正月にはどこかに連れて行ってやって、何でも欲しいものを買ってやる、と。
どうせこの上司のことだ。万が一捜査が年を越す羽目になっても、情に訴えるような言い方をすれば、1日ぐらいは休ませてくれるだろう。
なのに……。
班長ときたら、あの初恋の女性と再会してから、ずーっとぼんやりしている。
水を挿すのも悪いと思って黙っていたが、あの服部貴代という女には『何か』ある。
被害者と親しげに話していた御柳亭の仲居の話をしてくれたが、本当かどうかわからない。その話を聞いた時、どことなくだが、友永は悪意のようなものを感じたのだ。
鶏ガラについては、あれはたぶん何も考えていない。
あの貴代という仲居は、自分の雇い主のことを、ライバルを貶めようとする時代錯誤なくだらない人間みたいに言ってこき下ろしていたが、自分だって似たようなことをしているじゃないか。
あの旅館の仲居に疑いがかかれば、必然的に営業妨害になるだろうから。
結局、人間って言うのは一番『自分』が見えていない。
駿河が戻ってきた。
彼は所轄の若い刑事と一緒に地取り……現場付近の聞き込みや目撃情報探し……に回っていたはずだ。
顔には出さないが、あまり思うような成果はなかったようだ。
いつもそうだが彼は無言のまま、友永の隣の席について書類をまとめる。
会議室に指定席はない。が、おそらく日頃の相棒の隣が落ち着くということだろう。
「……なぁ、年内にこの帳場は解散するんだろうか?」
友永は駿河に話しかけた。
「そんなこと……我々の努力次第です」
わかってはいたが、改めてつまらない返答だな、と思う。口にはしないでおこう。
少し前に古い知り合いの女から【つまらない男】とレッテルを貼られ、いたく傷ついていたことを覚えているからだ。
「……休みたいなら、班長に申し出ればいいじゃないですか」
もっとも、可能かどうかは別ですが、と彼は続ける。
「んなこたぁ、わかってんだよ。けどな……何しろ班長さんはあの調子だぞ? 一応な、自分の不在時は後を任せたぞ、なんて言われてる俺としては……好き勝手にフラフラするわけに……」
言っている途中で携帯電話が鳴った。
ディスプレイには鶏ガラの文字。
檀家(情報提供者)になってもらおうと、あの日、友永は原田節子に連絡先を聞いた。
正直、あまり期待はしていない。
が、檀家は多いに越したことはない。
着信ボタンを押す。
「……はい、友永」
『あ、ねぇ。大事な話があるんだけど、今夜会えないかしら?』
「悪いけど、約束はできないな。夜に緊急会議が入ることもある」
これは本当だ。
『あんた達が今、調べてる事件に関係するかもしれないことでも?』
友永は少し考えた。
少し気になっていたことがあった。班長は忘れているかもしれないが、初めて会った時、貴代さんと呼ばれていた女性は現場にいて花を供えていた。
その行動には、何かしら今回の事件に関わりがあるかもしれない。
上手くすれば鶏ガラから、その点について詳しいことを訊ける可能性もある。
「……どこに行けばいい?」
『こっち来て』
「こっちって、宮島か?」
『フェリー乗り場のすぐ近くに【バカラ】っていうスナックがあるの。仕事が終わるの、だいたい夜の10時ぐらいだから、店で待ってて』
へいへい、と返事をして切断ボタンを押す。
そんなに待っていられない。早めに行ってさっさと用件だけ聞いてずらかろう。
友永はそう考えて、相棒の方を振り返る。




