喉元まで出かかってるのにぃ~!!
被害者はどうやら虚栄心の強いタイプだったようだ。
「その、クラス会に重森玲奈さんは出席なさいましたか?」
和泉が訊ねる。
すると元教師は泣き笑いのような顔になった。
「できる訳がありませんよ……」
当たり前じゃないの。
と、結衣は和泉がなぜそんな質問をするのか怪訝に思った。
楽しい思い出ばかりの学生時代ならともかく、そんな、普通なら登校拒否になっても仕方ない状況にさせられたクラス会になんて。
ところが。
元教師の口から出た答えは、驚くべきものだった。
「玲奈ちゃんは、亡くなりました。高校を卒業する3ヶ月前に……」
「理由は?」
「……自殺、したんです」
結衣は思わず息を呑んだ。
「そ、そんな、どうしてですか?!」
元教師はしばらく迷っていた様子だったが、宇品東署に行けば何かわかるかもしれない、とだけ答えてくれた。
宇品東署……それは今まさに、帳場が立っている所轄ではないか。
そして。若尾竜一や沼田亜美と親しかったという女子生徒が、市内にいるとも聞いた。彼女からも詳しい話が聞けるかもしれない、と。
これ以上、話したくはなさそうだ。
無理強いはできない。
そろそろ辞そう、と結衣は和泉に言おうとしたが、
「申し訳ありません、あと一つお伺いしたいことが」
彼は卒業アルバムの左端を指差して言った。
「この男子生徒ですが……」
結衣も和泉が指をさす男子生徒の写真を見た。名前は『影山誠』となっている。
どこかで聞いた名前のような気がする。
「……ああ、影山君。懐かしいわね……」
どこでだっけ?
喉まで出かかっているのに、出てこない。そんなもどかしさを抱えた結衣の内心など知る由もない元教師は、のんびりとした口調で話し始めた。
「彼、大学に進学したかったんだけど、お家の事情で諦めたのよ。卒業後は確か、県警に就職したんじゃなかったかしら」
思い出した!!
前回の事件で会った、廿日市南署の刑事だ。
「その彼、この男性で間違いありませんか?」
和泉がポケットからスマートフォンを取り出し、とある写真を見せる。
ああ、そうだ。この顔。
「ええ、そうです。まぁ、すっかり大人になって……」
あら? と、元教師は首を傾げる。
「気のせいかしら」
「何がです?」
「いえね、まさかとは思いますけど。ちょっと整形してるんじゃ……って。まさかねぇ」
まったくありえない訳ではないだろう。
今時、男性だって美容整形手術ぐらいはする。
ことの是非については置いておくとして。
「……影山君は、若尾君とすごく仲良しでね、何年か前の同窓会の時も、二人でずーっと話していましたよ。そう言えば刑事さん達、影山君とは会ったりしたことないんですか?」
何と答えたものか、結衣が迷っていると和泉は、
「公務員は異動が多いってこと、先生もご存知でしょう?」
そうですね、と相手は苦笑する。
「ところで。どなたか、他にも当時のことをよく知っている生徒さんを紹介していただけませんか?」
和泉の問いかけに元教師は、
「それなら……太田さんという女子生徒が、この近くに住んでいます」
と住所を教えてくれた。
それから玄関で靴を履いていると、背後から元教師が話しかけてきた。
「あの、まさかとは思いますけど……」
「なんですか?」
和泉が振り返る。結衣もそれに倣った。
「いえ、あの……玲奈ちゃんのご両親が、若尾君の事件で疑われていたりするんじゃないですか?」
「……その点についてはお答えいたしかねます。しかし、なぜそんなふうにお考えになったのですか?」
「いえ、それはあの……だって、そもそも玲奈ちゃんが沼田さんに恨まれる原因を作ったのは、彼なのですから」
父親のことといい、被害者のことと言い、すべてはあの沼田亜美という女性の一方的な逆恨みに過ぎないのに。
あまりにも理不尽だ。
結衣は一度だけ会って話を聞いたあの女性に対し、怒りを覚えていた。
そしてふと、疑問を感じる。
もし自分がその玲奈と言う少女の親だったら……?
それから和泉が応えて口にした台詞に、結衣も胸の内で同意した。
「であれば、若尾氏ではなく、沼田亜美さんが被害者になっているのが自然ではありませんか?」
すると。元教師は不思議な笑顔を浮かべた。
「あなた、ご家族は?」
「……父だけです」
なんとなく言いたいことはわかった。
大切な存在を奪われた哀しみを、思い知らせてやりたい。そういうことだろう。
もしかしたら奈々子という仲居も、この元教師と同じことを考えたのではあるまいか。
動機の点では充分な状況証拠になる。自分が警察に下手なことを話したら、友人の両親が疑われてしまうかもしれない。
だから姿を消したのだとしたら?




