余計なことを言うと、叱られるだろうなぁ。
一方支倉は顔色一つ変えることなく、淡々とした口調で言った。
「ああ、そうだ。先日、宇品で殺された男性の事件なんですが……確か、私の恩師のお嬢さんと親しくしていたはずです。ニュースを見て驚きましたよ」
「……沼田亜美をご存知なんですね?」
彼女のフルネームはつい最近知った。
【恩師】とは亡くなった彼女の父親で、先代の組長だろう。
「何かご存知ですか?」
やや震えた声で結衣が質問する。
「新聞記者だったそうですね。私のところにも一度、取材に来ましたよ」
「取材……?」
「麻薬取引がどのように行われているか、ですか?」
するとその時、初めて支倉の表情に変化があらわれた。和泉は内心で笑う。
「……うちの先代は、クスリにだけは手を出すなと固く申しつけておりましてね。誰もその掟を破ってはいません」
「そうでしたか、それは大変失礼しました。それでは我々はこれで……」
何の取材だったのかなんて、この際たいしたことではない。
和泉は結衣の背中を押して歩きだした。
奈々子の部屋は綺麗に片付いていた。
元々几帳面な性格だったのだろう。しかし、まさに着の身着のまま飛び出して行ったようで、荷物はそのままだった。
部屋にはテレビとパソコン、エアコンと、一通りの電化製品が揃っている。
真ん中には小さな猫足テーブル。典型的な1人暮らしの女性の部屋だと思った。
「結局、電話がつながらないんですか?」
箪笥の中を見回しながら結衣が訊ねた。
「呼出し音は鳴るんだけどね」
和泉は答えて、クローゼットの中を見た。そこからは奈々子のつつましい生活ぶりがうかがえた。
ほとんど物がない。
だが、少し変わった物を見つけた。
思わず和泉はそれをクローゼットから引き摺りだした。
「ねぇ、うさこちゃん……」
「ちょ、ちょっと和泉さん!! 何やってるんですか?!」
「うさこちゃんって、卒業した学校の制服をいつまでも保管しておく?」
セーラー服の上下がハンガーにかかっていたのである。ナイロン製の赤いネクタイまで一緒だった。
「……そんな訳ありませんよ」
「もしかして、時々コスプレしてたりとかしたのかな……?」
そういう趣味の持ち主だったんじゃないですか、と素っ気なく答えて彼女は捜索を再開する。
「どこの学校かな?」和泉は制服を写真に撮った。
「私の母校じゃないのは確かですね……? あれ、もしかして……」
よく見せてください、と彼女は制服をよく検分した。
「たぶん、ですけど。佐伯東高校かな……この、ネクタイを止めるところの模様には見覚えがあるんですよね」
和泉は【佐伯東高校】で検索をかけてみた。
画像を探すと、確かにその学校の制服で間違いないようだ。
「この学校、かなり偏差値が高い学校だったんですよ。私も受験したなぁ……」
結衣は懐かしそうに言う。
受験したけど落ちたんだな、と思ったが口には出さないでおく。
「もしかして……若尾竜一と沼田亜美も、同じ学校の卒業生かな」
「そう言えば、被害者と親しげに話してたって言ってましたもんね」
和泉は壁にかかっているポケットのついた暖簾を見た。ダイレクトメールや請求書の類がしまいこまれている。
適当に中身を引っ張りだすと、一枚の写真が床に落ちた。
屈み込んで拾い上げると、佐伯東高校の制服を着た2人の少女が映っていた。1人は奈々子だ。
もう1人は……誰だろう?
写真の裏をめくってみる。
今から12年前の日付と『東京タワーにて』と書いてある。
場所はいい、誰と映っているかが知りたい。
「修学旅行ですかね?」
「多分ね。そんなことより……一緒に映ってるのは誰だろう?」
綺麗な子だ、と思った。
クローゼットにしまってある制服と言い、大切に保管されている写真といい、もしかしたら学生時代に『何か』問題があったのかもしれない。
「学校に行ってみようか?」
和泉が言い、2人は一度本土に戻ることにした。




