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35話 龍の生態

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 恭しく、片膝をついて跪いたまま頭を下げる女性。


「と、突然どうしたの……?」


「我に勝つほどのお力。そして、魔族相手にも分け隔てのない姿勢。何より……先ほど頂いたすてーきなる物、大変に美味でしたっ! サンダーバードなどとは比べ物にならない含有魔力量、口に広がる幾重にも折り重なった旨味――我が身体を雷電が駆け抜けましたっ! ゆえに、強く思ったのです。ああ、我はこの方にお仕えするためにここを訪れたのだ、と」


 表情豊かに語りながらも、まったく姿勢を崩さない女性。

 

「そう、そこ。ドラゴンは魔界の奥地でひっそりと暮らしてるって思ってたんだけど、どうして人間界に?」


「その……大変お恥ずかしい話なのですが、我らドラゴンは基本寝て過ごします。活動には非常に多くのエネルギーを消費する上に、食べられる食料に限りがあるので、常に動いていると、その……お腹が空いて仕方がないのです。故に、魔素濃度の高い魔界の奥地でひっそりと暮らし、それでも定期的に訪れる空腹時にのみ周辺の高い魔力を持った魔物を捕食する、という生活を送っておりました」


「それなのに、どうして人間界に……?」


「我ら龍は含有魔力量の多いものほど美味いと感じ、それと同時に効率良くエネルギーを補給できます。一部には何も考えず好き勝手暴れて碌に糧にもできん魔物を食い散らかすバカ者もおりますが、我は食べ過ぎて特定の種を滅びさせぬためにも、魔力が豊富なサンダーバードを獲物と定めておりました」


 一拍置いてから、話を続けるホワイトスノードラゴン。


「ですが、目が覚め食事に向かうとどこぞの魔族が我が食料場を荒らしたらしく、サンダーバードは巣を離れておりまして……。ほかに目ぼしい獲物もいなかったため匂いを追いかけたところ、何やらゲートが形成されておりまして、そちらに匂いが続いていたので飛び込んだら人間界だった、という訳なのです」


「ああー……。それで、僕たちからサンダーバードの何かしらを感じて襲い掛かって来た、と」


「申し訳ありませぬ……。サンダーバードの血の臭い、それに食料場に残されていた匂いとよく似た匂いを放つ二人の魔族――てっきり、我が食料場を荒らした不届き者だと思い込んでしまいまして。空腹で気が立っており、理由(ワケ)も聞かずに襲い掛かってしまった次第で……」


 しゅんとした女性にどう反応して良いものか悩む僕とは裏腹に、カイさんたちは何やら困惑した様子を浮かべていた。


「その……。ホワイトスノードラゴン様の話によると、ティア嬢とネイア嬢は魔族なのかな……?」


「……うむ。ここまで来た以上、もはや隠したい要素が多すぎて些細なものじゃろ。そうじゃ、妾とネイアは魔族――夢魔(サキュバス)での。魔界から逃げてきたところをシズクに保護してもらい、傍に置いてもらってるのじゃ」


「今までお話しできず、すみません……。何分種族が種族なので、人間に知られる訳にもいかず」


 腰を折って頭を下げたネイアに、手を振りながら問題ないと示すカイさん。


「ああ、いや。責めている訳じゃないんだ。ぼくも身分を偽って近づいていた訳だし、お互い様だろう。もちろん他言しないと誓うし、ぼくたちはサキュバスの正しい知識も持っているつもりだよ。だから、安心してほしい」


「……そう言ってもらえるとありがたいのじゃ。しかし、気になるのう。ホワイトスノードラゴン殿の言う同じような匂い、ということは同族……もしくは男夢魔(インキュバス)共が関わっておるのじゃろう」


「そうですね……。それに、魔界と人間界を繋ぐゲートというのも気になります。何かよからぬ事が起こっていなければ良いのですが……」


 なにやら事が大きくなってきた……。

 

 いや、人間界にドラゴンが侵入してきた時点で大問題なんだけどね。


 あと、未だに片膝をついたままの女性も、どうしよう……。


「シズク君。こう言ってはなんだけど、ひとまず配下云々や禍根は置いておいて、共にいることだけは許してあげてもらえないかな? ワイバーンを始めとした魔界の魔物がこちらに来れるゲートの存在が明らかになった以上、何かが起こっているのは間違いないんだ。ホワイトスノードラゴン様は、その真相に近づく鍵になりかねない存在だからね。聞きたいことが山ほどあるんだよ」


 皇太子殿下のときの雰囲気を醸しながら、真剣な表情で告げるカイさん。


 確かに、現状ゲートがあった場所など彼女しか知らないであろう情報も多い。

 詳しく話を聞く、という意味では必要な判断だと思う。


「二人はそれでも良いかな?」


「うむ、問題ないのじゃ。妾とて、楽しみにしていた御馳走を奪われたら腹が立つからのう。この怒りは、本当の犯人にたっぷりと利子をつけて返してやるのじゃ……」


「ええ……。必ず返しましょう……」


「う、うん……。そうしようね……」


 フフフと悪い笑顔を浮かべる二人が怖い。


 ――でも、僕とて真犯人がいるなら許すつもりはないんだ。実際にやったのは彼女だけど、それはすでに清算したからね。どこの誰かは知らないけど、しっかり償ってもらわないと……。


 僕も知らず知らずのうちに怖い顔をしてしまっていたようで、先ほどのことを思い出したのか女性がぶるりと身体を震わせた。

 カイさんたちも、三歩くらい後ろに下がっている。


 いけない、話題を変えないとっ!


「そ、そういえば貴女の名前はなんて言うんです?」


「我に名前はありませぬよ? それらしいのは『白雪華(はくせっか)』でしょうか。ずいぶんと前に相対した魔族がそのように呼んでおりました」


「それは名前じゃなくて、畏敬の念を込めた別称だね……。うーん、なんて呼べばいいかな」


「それなら、ぜひ主殿につけていただきたいですっ!」


 キラキラと輝く眩しい目を向けられると、断るのもなぁ……。

 僕にネーミングセンスなんてないし、どうしたら……。


 あ、そうだ。

 

「『セツカ』っていうのはどうかな? まんまだけど……」


「ありがたき幸せっ!! 我は今日から、主殿に頂いた『セツカ』の名を名乗らせていただきますっ!!」


 こうして、新たな仲間――セツカを迎え入れた僕たちは、互いに簡単な自己紹介を済ませたあと、急ぎイシラバスへと向かうのだった―――。

 

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