6、仲直り
井坂視点です。
俺はバイト先である駅前のレンタルビデオ店で、イライラしながら返却されたDVDを棚に戻していた。
一心不乱にパッケージの箱にDVDを直しながら、なんとか気を紛らわそうとするけど一向に気分転換できない。
くそっ!!
なんなんだよ!!
このイライラを少しでも解消したくて箱にあたるように乱暴に直し終えると、ここに来る前のことを思い返してしまって大きくため息をつく。
俺が大学から自分の部屋に戻って来たとき、たまたま隣の部屋から出てきた背の高く真面目そうな男性と出くわした。
こっちに越してきて挨拶した日以来ぶりに顔を見て、俺はあのうるさい扉の奴かとだけ思って部屋に入ろうとしたら声をかけられた。
『君の彼女さん、すごく良い彼女だね。』
俺はほぼ初対面の奴から、こっちに来たばかりの詩織のことを言われたことに驚いて目を剥いた。
そいつは詩織の何を知ってるのか『大事にしなよ。』なんて上から物を言ってきて、意味が分からなかった。
俺が驚いて固まってる間に、そいつはどこかに出かけるのか不敵な笑みだけ残して去って行って、俺の中に大きな不安と苛立ちが立ちこめた。
だから、ほぼ面識もない奴と俺のいない間に話をしてた詩織にあんな問い詰め方をしてしまったんだけど…
彼氏として、これは怒って当然だと思っている。
昔から思ってたことだけど、詩織は誰にでも良い顔をし過ぎだ。
おまけにガードもゆるゆるだから、つけ込む隙が多い。
こっちに来てたった一日でこうなんだ…
向こうで一体何人に気を持たせてるかと考えるだけで怖くなる。
ほんっといい加減自意識ってもんを身に着けてほしいよな!!
こっちは距離が離れてる分、気が気じゃねぇよ!
俺は再度はーっと大きく息を吐くと、イライラする気持ちを抑え込んでレジに戻った。
そこでいつの間にかバイト時間が終わっていたのか、店長から「上がっていいよ~。」と言われ、従業員控室へと向かった。
「おい、井坂~。帰りに飯行かね~?」
俺が身支度を済ませ帰ろうとしていたら、同じようにバイトが終わった仲間の一人から声がかかった。
そいつは同じ大学の奴で、バイトに入った時期も同じなのでよく晩御飯を一緒に食べていた。
だから誘ってくれたんだけど、俺は詩織が家にいることもあり断る。
「悪い。今日は家で食べるよ。」
「えぇ?何だよ、金欠とかか?」
「ちげーよ。今、家に彼女来てて…。」
「マジ!?お前、女に興味ない奴かと思ってたら彼女持ちかよ!!」
そいつは俺に彼女がいたとは思ってなかったようで、目を丸くさせながら興味津々に近寄ってくる。
「なに?その彼女とはいつから!?」
「え、高校からだけど…。」
「じゃあ地元の子か!!彼女どこの大学?」
「関西の桐來だけど…。」
「え!?じゃあ遠距離なわけ!?どうりで今まで姿形なかったわけだ~!!」
俺が矢継ぎ早にくる質問に圧されながら答えていると、そいつは何か納得したように肩を落とす。
「その彼女、どんな感じなわけ?あれだけ女子に言い寄られてるお前のお眼鏡に敵うんだ。かなりの美女だろ?」
「……。」
俺は詩織を見た目で評価しようとしてくるそいつに不愉快な気分になり、ロッカーを閉めると声を低くして言った。
「誰がお前になんか教えるかよ。じゃ、また明日な。」
「おい、井坂!!」
俺がもう話す気分じゃなくて控室を出ると、そいつは後ろから「明日教えてもらうからなー!!」と叫んでいて、俺は軽く振り返り「教えねーよ!!」とだけ返す。
それから俺は早く詩織のいる家に帰りたいはずなのに、足がそこまで前に進んでくれず、いつもよりゆっくり歩いていた。
なぜなら家に帰ってから、詩織にどう接すればいいのか、まだ自分の中でおさまりがついてないからだ。
隣の奴と軽々しく話をしてたこと…
心の広い普通の奴だったら、なんだそんなことかよって程度のことだと思う…
だけど、俺にとったら、自分の知らない所で素性もしれない男と話してたなんて、かなりの大ごとだ。
詩織は男より力もない女なんだ。
そこをきちんと自覚して、自己防衛のために極力軽々しいことはしないでほしい…
詩織を反省させるために、少しでも時間を稼いで帰ろうかと思いながら、俺は帰路の途中にあるコンビニへ足を向けた。
するとコンビニの前でポケットに入れていたケータイが震えだして、俺は足を止めてケータイを取り出した。
そしてかけてきた奴の名前を見て、俺は出るか迷ったけど通話ボタンを押した。
「はい、もしもし。」
『お!!井坂!そっちはどうだ~??』
電話の主はよく電話してくる赤井で、俺はいつもテンションの高い赤井についていけずため息をついた。
「お前、相変わらず元気な?」
『はははっ!それだけが取り柄みてぇなもんだしな!それよか、そっちはどうだよ?谷地さん行ってるだろ?』
赤井が詩織の動向をしっていることに内心驚きながら、探るように返す。
「来てるけど…。何?なんで知ってんだよ?」
『ははっ!!俺と谷地さんの学部同じなんだぜ~?とってる講義もほぼ一緒だからさ、よく一緒に行動してるわけ。だからここ最近の谷地さん見てたら、きっとお前んとこ行っただろうな~と思ってさ。』
赤井は『当たるとかすげーだろ!!』と言いながら笑っていて、俺は色々と気になることがあり尋ねた。
「詩織とよく一緒にいるとか、それ大学だけでってことか?」
『ん?いや、大学だけってわけじゃなくてバイト先も一緒だからさ。明後日までバイト来ないって聞いて、こりゃ何かあるな~と推理したわけだよ。』
そういえば昨日昼飯食べてるときに詩織がそんな話してたような…
俺は始終赤井と一緒にいると分かり、微妙に嫉妬しかけて黙ると、赤井からそんな嫉妬が吹き飛ぶことを聞かされた。
『谷地さん、きっとそっち行って元気になってるだろ。ここんとこかなり落ちてたからさ~。』
「―――は!?詩織、元気なかったのか!?」
『お、その言い方だとそっちでは谷地さん元気になってんだ?良かった、良かった。』
赤井は勝手に安心して笑っていて、俺はスルーされてることに「おい!!」と声を荒げた。
すると観念したように赤井が笑いをおさめて説明してくれる。
『谷地さん、お前と会えてないのかなり苦しんでたんだよ。それをバイトしてお金を稼ぐことで紛らわせてたっぽいんだけど、この間新木と水谷と久しぶりに会ったらしくて。そこで新木が北野とGWに会ったって話を聞いたみたいでさ~。新木のこと、羨ましいってずっとぼやいてたんだよ。』
俺は初めて聞く話に、ここへ来たばかりの詩織の顔を思い出していた。
詩織は俺を見て嬉しそうに笑ってて、どこか泣きそうになっていた。
あれは俺に相当会いたかったって顔だと、誰が見たって分かる。
それなのに俺は詩織と過ごせる少ない時間を無駄に過ごして、詩織をほったらかしにしている。
こっちに知り合いもいない詩織はきっと部屋で一人、寂しい気持ちを抱えてるに違いない。
隣の奴に声をかけたのだって、寂しさを紛らわそうとしただけのことなのかもしれない。
今ならそう理解できて、俺は今すぐ詩織のところへ帰ろうと赤井に告げた。
「赤井。悪い、詩織のとこに帰る。また電話するから切るぞ!!」
『ははっ!!何があったかしらねぇけど、頑張れよ~。』
赤井は電話の声だけで、俺が詩織と何かあったと察してたようで、気持ち悪いぐらいあっさり電話を切ってしまった。
俺はそんな赤井に俺はもしかしたら一生敵わないかもしれないと思いながら、ケータイをしまうとマンションへ走り出す。
そうしてものの五分程度でマンションまで帰ってくると、エレベーターを待つのが嫌で階段を駆け上がった。
息が上がりはぁはぁと荒く息を吐き出しながら部屋まで辿りつくと、大きく息を吸ってから「ただいま!!」と中に入った。
詩織から「おかえり。」の声がかかると思って待っていたんだけど、部屋の中は暗く詩織のいる気配がしない。
俺はそれに嫌な予感がして急いで靴を脱ぐと、詩織の姿を探しに入る。
まず台所に目を向けるけどいなくて、テーブルの上に食事が二人分並んでいるのだけ目に入った。
それに帰ってはいないはずだと不安が湧き上がるのを押さえ込みながら、奥の部屋に足を進めた。
そしてどこか綺麗になっている部屋を一通り見回すけど、やっぱり詩織の姿がない。
嘘だろ…
やっぱり俺に愛想つかして帰ったとか…?
俺は最後に詩織と別れたときのことを思い返して、胸がギュッと締め付けられる。
『井坂君っ!!』
詩織は俺を追いかけて必死に声をあげていた。
それなのに俺はっ!!!!
俺は後悔から時間を巻き戻したくなって、泣きたくなるのを堪えながら拳を握りしめた。
するとそこでふわっと部屋を通過する風に詩織の匂いが混じってるのに気付いて、俺は敏感にもその出所はどこかと目を走らせた。
部屋を夏の生温かい風が通るということは、窓が開いてるってことだと導き出すと、ベランダに続く窓がカーテンに隠れて開いていると分かり慌ててそこに向かった。
そしてカーテンを開けベランダに目を向けると、そこには詩織がベランダに身体を預けた状態で眠っていて、俺は詩織がいたことに安心して身体の力が抜けた。
いた…
俺は安心感からその場に寝転んで大きく息を吐いて、何度も良かったと心の中で繰り返した。
詩織が俺に黙って勝手に帰るわけないよな…
そうだよな…
俺は詩織はそんなに無責任な奴じゃないと思い直すと、ふっと一息吐いてから身体を起こした。
そして詩織をあのままにしておくわけにいかず、眠る詩織に近付いて声をかけた。
「詩織、――――詩織。」
俺が詩織の頬を撫でながら起こすと、詩織はゆっくり目を開けて、俺と目が合うなりガバッと抱き付いてきて驚いた。
「井坂君っ!!ごめんっ!!私、井坂君があんなに怒るとは思わなくて…、ほんと考えなしでごめんなさいっ!!井坂君が一番だから!!後回しになんかしてないし、お土産だってまだまだたくさんあって、お隣さんにあげた三倍はあるから!!」
詩織はまた俺が逃げると思ってるのか、すごく力が強くて、あまりにも必死な言い訳に俺はどうでもよくなってしまった。
だから俺は現状に乗っかって詩織を抱きしめ返して触れると、「もういいよ。」と返した。
詩織は俺があっさり許すと思わなかったようで目を丸くさせながら俺から離れて、俺はそんな詩織が可愛くて軽く口付けた。
そして何もなかったかのように詩織がここで寝ていた理由を尋ねる。
「詩織、なんでこんなとこで寝てたんだよ?」
「え?あ、っと、その…、ここからだと外が見えるから…、井坂君が帰ってくるの見えると思って…。」
詩織は戸惑いながら答えていて、俺は詩織が俺の帰りを待つためにここにいたということが嬉しくて、詩織の健気さに胸を打たれる。
詩織のこういうとこ、ほんっとたまんねぇよなぁ~…
俺は「待ってたはずなのに寝ちゃうなんてね…。」と恥ずかしそうに笑う詩織が愛おしくて、詩織の顔を愛でるように触りながら、今が続くことに幸せを感じたのだった。




