7、ダサい
井坂視点です。
「うっわ!!っくりした!!お前、なんでいんだよ!!」
例の後輩に話をするべく詩織のバイト先についてきたら真っ先に赤井に見つかった。
赤井は一瞬飛び退くように驚いたあと、俺と詩織を交互に見てどこか納得したように笑い出した。
「夏休みまで待てずに会いに来るとかどんだけだよ。その行動力がやべぇわ。」
「うるっさいな。ほっとけよ。お前には関係ねぇだろ!」
イラついて赤井を睨みつけていたら、赤井はケータイ片手に誰かに電話をかけ始めた。
何する気だと思いながら赤井の様子を窺っていたら、詩織に手を引っ張られた。
詩織はバイト先であるスーパーの裏口を見つめていて、同じところに目を向けると一人の男が入って行くのが見えた。
詩織の様子からそいつが後輩であることを察して、話をするなら今かと足を進めたら詩織に手を引っ張って止められた。
「わ、私が行く。ちょっとここで待ってて。」
一人で行かせてもいいものかと思ったのだけど、自分がついていくのも変かと思い頷いた。
詩織はそれにほっとしたように笑顔を見せると走って行ってしまった。
その背中を見送り裏口の扉が開くのをじっと見つめていたら、いつ電話を終えたのか赤井が話しかけてきた。
「お前ここに何か用でもあんのか?」
「まぁ…、ちょっとな。」
「ちょっとねぇ…?」
変なところで鋭い赤井は、怪しんでいるようでじとっとした視線を向けてくる。
俺は居心地の悪い気持ちになりながら詩織の帰りを待ちわびる。
すると裏口から詩織が例の後輩と姿を見せて、何やら困ってる様子でこっちに何度も目を向けてくるので、俺は慌ててそこへ走った。
そして傍に駆け寄るなり詩織に腕を掴まれグイッと引き寄せられた。
「前話したことあるよね?私の彼氏の井坂拓海君。」
「え、あ、彼氏さんですか?東京にいるっていう…。」
「そう!!色々心配かけちゃって昨日終電で東京から駆けつけてくれたんだ。」
「え!?終電!?東京から!?」
「そう!!私もビックリして!」
どういう流れか分からなかったけど紹介された手前、目の前の後輩に会釈した。
詩織の後輩は思ってたよりも普通な感じで雰囲気がどこか赤井に似ていた。
「ども、初めまして。詩織先輩にはいつもお世話になってます!柳尾狼っていいます!!」
カラッとした笑顔を向けて手を差し出され、反射的に軽く握手を交わす。
「思ってたよりもカッコいい彼氏さんっすね!先輩が色々愚痴るのも今になってよく分かるっす。」
「でしょ?」
「あ、でもこれだけカッコいいなら仕方ないような気もしますけど…」
「ちょっと!」と後輩に向かって怒る詩織の姿は新鮮で、確かに仲が良いのを感じたのだけど、寺崎が警告してきたような怪しい感じはしなかった。
どちらかというと姉弟に近いというか…
大輝君を前にしてるような感覚で、ちょっと懐かしい。
「それで先輩は俺に彼氏さんを見せびらかしたくて連れてきたんすか?」
「え――――、あ、それもあるんだけど…」
詩織は言い出しにくいのか少し俯いてしまったので、俺が代わりに言おうかと口を開きかけたら、掴まれていた腕に強い力が伝わってきた。
「あのね!!井坂君と話してて…、柳尾君と出かけたりしてる自分が不誠実だって気づいて。だから…、これからは私のこと誘わないで欲しいんだ!」
「え―――?誘わないでって…ライブの話ですか?」
「そう!あ―――誘ってくれたこと自体は嬉しかったし、話するのも楽しかったんだけどね。でも、やっぱり二人っていうのが―――」
「それなら別に今まで通りでいいんじゃないですか?ねぇ、彼氏さんもそう思いますよね?」
「は?」
詩織の頑張りを見守っていたので、急に話を振られたことに反応が遅れる。
「詩織先輩は不誠実だって言いましたけど、彼氏さんがいいなら今まで通りでいいと思うんですけど。これまでだって彼氏さんは許してくれたんですし、懐の広い彼氏さんが今更不誠実だとか言うわけないですよね?」
詩織の後輩(柳尾とかいう男)は俺を見ながら薄く笑みを浮かべていて、俺はその姿から試されていると感じた。
急に変わった態度に警戒心が高まる。
どことなく底意地の悪そうな言い回し…
どっかで聞いたような…
俺は思い出そうとしたけど思い出せず、とりあえず自分の本音をぶつけて詩織を擁護することにした。
「いや、俺は元からすっげー器の小せぇ奴だから、詩織が男と二人で出かけるなんて嫌で仕方ねぇけど。詩織の言ってる通り、これからは誘うのやめてくれるか?」
「へ――――?」
これには予想外だったのか後輩は一瞬表情を崩すと慌てたように口を開いた。
「え、今更何言ってるんすか?独占欲丸出しでカッコ悪いっすよ!」
「いや、だから、俺は元からこういう奴だから。独占欲丸出しでカッコ悪い男なんだよ。あ、これは詩織に対して限定だけど。」
「井坂君!」
詩織は俺の言い方が恥ずかしかったようで横から強く引っ張ってきた。
赤く染まった顔が可愛くて表情筋が緩む。
そうして二人で後輩を前にイチャついていたら、ぽかんと固まっていた後輩がぼそっと一言呟いた。
「だっせ。」
「あ?」
聞き捨てならない一言に眉を吊り上げると、後輩の人当たり良さそうな表情が消えてなくなっていた。
「あー、なんか面倒くせ…。言いたい事は分かったんで、もういいですか?」
「え?」「は?」
さっきとまでとは打って変わってだるそうな様子に変貌してしまい、俺も詩織も驚きが隠せずただ後輩を見つめた。
「東京からわざわざ出てきてここに来た時点でなんとなく分かってたんで。先輩に近付かなきゃ何の文句もないんすよね?」
「え、あ、まぁ…。」
「だったらそれでおしまいですよ。もう先輩誘ったりしないんで、安心して東京帰ってください。」
「それじゃ。」と背を向けてしまった後輩に意味が分からず、俺は焦って引き留めた。
「ちょっ!!お前、さっきまでと全然違うじゃねぇか!なんなんだよ!」
後輩は肩から大きくため息をつくと、ちらと振り返って言った。
「なんなんだよはこっちですよ。先輩の事振り回してるチャラ男彼氏だと思ってたら、全然違うし。どう見ても別れる気配もないし、今までの努力が全部パァですよ。せっかく高学歴の年上彼女ができるかと思ってたのに。」
高学歴年上彼女?
これには俺も詩織も驚いてお互い顔を見合わせた。
詩織は信じられないという表情で自分を指さしている。
「順風満帆ならそう言えよな。勘違いしてだっせーことしちまったし、もう関わりたくないんで。」
後輩はそれだけ言い残すと早足で裏口へ入って行ってしまった。
その姿を見送った後、詩織が横で小さく呟いた。
「……ごめんなさい。」
「え?」
俺は謝られる意味が分からなくて聞き返すと、詩織は両手で自分の顔を隠して言った。
「まさか僚介君の言った通りだったなんて…。何も分かってなかった自分が恥ずかしい…。」
「あー…。」
俺も寺崎に言われるまであまり危機感がなかっただけに詩織を責められない。
「まぁ、何もなかったからいいよ。寺崎には感謝だな。」
「うん…。井坂君も本当にありがとう。」
詩織は赤みの引いていない顔を見せて微笑んだ。
俺はその顔に触れると詩織の温かさを感じて充足感でいっぱいになった。
突発的に来ちまったけど、こうして詩織の傍に来れて良かった
これでまた離れても耐えていけるな…
俺は今の内に充電しておこうと詩織に顔を近づけたところで、大きな声に邪魔された。
「あーーーー!!井坂!!本物だよな!?」
「うわっ、本当にいた!」
邪魔してきたのは振り返らなくても分かる島田の声で、八牧さんの声も重なって聞こえる。
俺はふーっと鼻から息を吐き出すと詩織から手を離して声の方へ振り向いた。
「おい、至福の時間を邪魔すんじゃねぇ。」
「お前な!こっち来てるなら連絡ぐらいしろよ!!いっつも谷地さんとイチャついてすぐ向こうに帰りやがって!!俺らに感謝の言葉一つぐらいかけていってもいいだろ!?」
島田は何やらストレスでも溜まってたのか俺に詰め寄るなり苦情の嵐だった。
「何のために来たのか知らねぇけどさ!お前、俺に色々頼んでくるわりに俺への感謝が少ねぇんだよ!!赤井じゃねぇけど、あんまりな態度だと着拒するからな!?」
「…悪かった。いつもありがとな、島田。」
俺はきちんと謝った方が丸く収まると思い、そう軽く口にしたのだけど、それが気に入らなかったようで島田に羽交い絞めにされる。
「あだだだ!!絞まってる!!」
「うっせー!!なんで俺がお前に会いに急いで来なきゃならねぇんだよ!!腹立つ!!」
島田の怒りは収まりをみせず、俺はしばらく島田から放してもらえなかった。
そのせいで詩織との至福の時間が全く持てず、俺はまた夏休みまで悶々とする毎日を送る羽目になってしまったのだった。




