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理系女子の恋~大学生編~  作者: 流音
act5:成長<詩織、井坂>
39/40

6、仮面

井坂視点です。




「えっ、うそ!?夢!?」

「あー、起きたんだ。夢じゃないよ。本物。」

「え!?本物!?なんで!?」

「普通驚くよな。俺も昨日自分の目疑ったぐらいだし。マジで東京からすっ飛んでくるとかすげーよ。」

「えっ、すっ飛んでって…えぇ!?―――って、いたた…なんか頭痛い…。」


俺の深い眠りを揺り起こしたのは詩織と寺崎僚介の会話だった。

起きなければと思うのに寝不足だったせいか重い瞼が持ち上げられない。


「それ二日酔いだよ、きっと。詩織、すげー酒弱いのな?」

「え?お酒?…そういえば、昨日途中から記憶ない…。」

「だよな。二杯目飲み終わったぐらいから性格豹変したし。」

「豹変…って、え、私が?」


気になる単語に起きようと思うものの、昨日の疲れが残ってるのか身体に力が入らない。

俺は無理に起きる事を諦め、二人の会話にじっと耳を澄ます。


「そう、詩織が。すんげー甘えてくるし、途中どうしようかと思ったから。」

「あ、甘えるって…。私、僚介君に何したの?」

「そうだなー…、手握ってきたり、挙句の果てには俺の膝で寝ちゃうとか?」

「ええっ!?うそ!!」


は!?膝で寝る!?


「うそじゃねーよ。だから連れて帰るしかなくて、井坂君に一言断りいれようと思って電話したら、こうして来ちゃったわけだし。」


いかにも嬉しそうな寺崎の声にイライラが募り、今にも声を荒げて飛び起きたくなる。

でも「えぇぇ…。」という力の抜けた詩織の声と一緒に俺の頬に温かいものが触れてきて、俺は盗み聞きしてることが詩織に伝わりそうで動かないよう耐える。


「最悪…。井坂君に心配かけたんだ…。」

「俺は何もしないって言ったんだけどな?」

「そりゃあ…私たち何もなかったわけじゃないから…。」

「まぁ…、そうだけど。まさか東京から来ちゃうほどとはな~。俺、まだまだ警戒されてんな。」

「当たり前だよ。―――って、それ私ひとのこと言えない…。なんでこんなことに…。」


すぐ耳元で大きなため息が聴こえて、詩織にさりげなく頬を撫でられてることに身体が反応しかけて自分の身体の感覚が戻っていることに気づく。

そうして感覚が戻ったことで少し目を開けてみると、落ち込んでる詩織の横顔が見え顔が緩みかける。


「まぁ、今回は俺が酒飲ませちゃったことに始まってるから。今後は気を付けるってことでいいんじゃない?」

「うん…。もうお酒は飲まない。…美味しかったけど…。」

「ははっ、確かに美味しそうに飲んでたよな。今度飲みたくなったら井坂君と飲めばいいじゃん?」

「え、井坂君の前で醜態晒すのヤダ。美味しかったけど飲まない。もう決めた。」


楽しそうに笑う寺崎の声に詩織のムスッとした顔を見て、俺は二人だけの空気に割り込もうと重い手足に力を入れた。

そして大きく息を吸いこむとだるい身体を起こす。

そのとき身体に軽い衝撃がぶつかり、俺はその衝撃に何度か目を瞬かせて大きく開ける。

眩しい視界にとびこんできたのは寺崎の呆れたような顔と詩織の頭頂部で、俺は自分に詩織が抱き付いてることに気づいた。


「あ、詩織。おはよう。」

「おはようじゃないよ!!なんで東京から…なんでそんな無理するの?」


詩織は眉間に皺を寄せて俺を軽く睨んでいて、俺はまだ視界がぼやっとする目を擦りながら緩む頬を隠す。


「いや、だってさ…寺崎から電話もらって、寝てる詩織を連れて帰るって言われて…『はい、そーですか』なんて俺が言えるわけないだろ?」


俺の言い分に詩織は何も言い返せないようで、口を引き結ぶと再度俺にくっついてきた。

それにまた顔が緩みそうで手で顔を隠す。


「……ごめん…、井坂君…。本当にごめんなさい…。」


詩織は謝りながら俺を抱きしめている力を強めてきて、俺はそれが物凄く嬉しくてだらしない顔が手で隠せなくなってしまう。


くそ…寺崎の前で…こんな俺見られたくねーのに…


詩織にデレる自分を寺崎に見られたくなくて少し顔を俯かせて耐えていたら、大きなため息が聴こえた。


「そろそろ大学行きたいんだけどさ、もういいか?」


これに先に詩織が「ごめんなさいっ!」と言って離れてしまい、真っ赤な顔が見えるようになった。

それから慌てだした詩織は「出る前に顔だけ洗わせて!」と洗面所を探しながら見つけた部屋に飛び込んでいく。

俺は寺崎と二人にされてしまい視線を寺崎に向けると、寺崎は鞄を手にして言った。


「なんか俺が井坂君に負けた理由、分かったよ。」

「は?」


今頃何を言い出すのかとぽかんとしていたら、寺崎がふっと笑みを浮かべる。


「井坂君って、詩織の前だと顔違うよな。見ててちょっと面白い。」

「顔って…、別に何も意識してねーけど…。」

「無自覚なのがまた面白いよ。それだけ詩織のこと想ってるなら、柳尾って後輩は注意しといた方がいいかも。」

「へ?」


寺崎からの思わぬ注意に耳を澄ませる。


「俺も一回しか会ってないからただの勘なんだけど、ちょっと危うい感じがあってさ。人懐っこい印象で詩織も気を許してるっぽかったから、一応詩織には注意したんだけど。」

「え、後輩ってバイトの奴だよな?確かライブ一緒に行ってた。」


俺は以前の話を思い出して寺崎に尋ねると、寺崎は少し渋い顔を浮かべて言った。


「そう、ライブって終わる時間も遅いからさ…。またその後輩、終電逃したから家泊めてとか気軽に言うようなタイプの奴に見えて…。詩織、お人好しだし簡単に家泊めそうだと思って。」


確かに…


「後輩と仲良くするのは悪い事じゃないんだけど…、ある程度の線引きが詩織はできてないから。何かあってからじゃ遅ぇじゃん?警戒するにこしたことはないと思ってさ。」

「そうだよな…。その後輩の事、俺は見たことねーから…。島田や赤井の―――俺のこっちのダチの話信じて大丈夫だろうって勝手に思ってた。」


俺は以前二人からもらった情報を思い出して答えた。

島田も赤井も口を揃えて『大丈夫』だと言っていた。

そういう奴だということを信じて―――思い込むことで無理やり自分を安心させていた。


「へぇ、赤井君は大丈夫だって言ってたんだ?」


寺崎は意外そうに尋ねてきて、俺は頷いてから答える。


「あぁ、そういう奴だって言ってた。人懐っこくて何も深く考えてないって…心配することないって。」

「ふーん…、俺にはそうは見えなかったんだけど、赤井君の前ではそう振る舞ってるのかもな。」

「赤井の前では?」


意味深な言葉に訊き返す。


「そういう奴っているだろ?対する相手見て、自分の仮面を使い分ける奴。」

「仮面?」


よく分かってない俺に寺崎は自分を指さす。


「俺もそうなんだけどさ。後腐れなく付き合いたい奴には程よく好感持ってもらえるような自分。そうじゃない奴には適当に冷たい自分。好かれたい奴には付き合いやすい印象を持ってもらえる自分―――って感じで自分の演出の仕方を変えるんだよ。」

「へぇ…。」


俺はそんな面倒くさいことをしたことも考えたこともなかったので感心する。


「あの後輩も一緒でさ、赤井君たちの前では良い子ちゃんの自分を演じてたんじゃねぇかな。そんでもう会う事もねぇ俺には本性を少し見せてた―――と考えると辻褄が合うんだけど…、まぁこれも憶測に過ぎねぇんだけど。」


寺崎の見解に俺は否定も肯定もできなくて、ただ黙ってどうするのが一番いいのか考えた。


赤井達の言うように良い奴だった場合―――

ここで俺が出しゃばると詩織と後輩の仲が悪くなり、バイトに支障が出るかもしれない…


でも寺崎の言うように警戒すべき奴だった場合―――

詩織の身に危険が及ぶ可能性がある…


俺は何が一番大事か考え、わりとすぐに答えが出た。


「その後輩に一回会ってくる。お前、そいつの家知ってんだよな?」


俺の問いに寺崎は驚いたように目を見開く。


「は?まさか家まで行くのか?」

「だってそれしか会う方法ねぇだろ。」

「いやいや、憶測の段階で彼氏登場はちょっとさ…。それに家に突撃とか相手にしたらただの不審者だし、今は詩織に警戒だけしてもらえば―――」

「詩織は誰かを疑うとかできない性格なんだよ。警戒しろなんて、付き合った頃から何十回言ったか分かんねぇし。その分俺がその後輩に釘刺してくる。」



「そんなことしなくていい!」



急に横から割って入った声にビックリして息が止まる。

いつから聞いていたのか詩織が顔をしかめて俺を見つめてくる。


「今回のことでも迷惑かけてるのに…、井坂君はそんなことしなくていいから!!私がちゃんと柳尾君と話してくる。」

「でも、詩織。その後輩のこと、少しも疑ってないだろ。信頼してるのに話するって―――」

「もう今はそこまで信頼してないから!僚介君の話聞いて、私もちょっと変だなって思ってたところもあるし…。井坂君に心配かけるぐらいなら、自分でちゃんと話してくる。」


詩織は真剣な目で一歩も退かない姿勢で、俺は寺崎と目を合わせるとここは詩織に任せるべきか悩んだ。


お人好しな詩織がちゃんと話ができるのか…

もし後輩が寺崎の言うような奴だった場合、詩織はどうするのか…


俺は気になって、向こうに帰る気にもならなかったので条件を提示することにした。


「分かった。じゃあ、俺もその場に連れて行ってくれよ。」

「え?」

「その後輩とちゃんと話して、どうなったのか知りたいから。話するところに俺も同席させてもらう。」

「え、同席って…井坂君、今日帰るんじゃ…。」

「帰るから。今日決着つける。詩織、その後輩呼び出せるだろ?」


詩織はどうしようかしばらく迷っていたけど、何か決めたのか真剣な目で頷いた。


「分かった。これ以上、井坂君に迷惑かけられないから…今日話する。」


俺はその返事にほっと安心すると、寺崎もどこか満足そうに微笑んでいるのが目に入った。

それに寺崎の大学の講義のことを思い出して、俺たちは慌てて家を出ることになったのだった。







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