3、ライブからの再会
谷地詩織視点です。
『結婚』
何気なく出た話題だったけど、井坂君は考えてるって言ってくれた。
私はそれが今になってもすごく嬉しくて、遠距離の寂しさが今までよりも半減していた。
井坂君の隣にずっといられる未来―――
私は何度も想像しては顔が変に緩んでしまう。
そうなればいいなと思ってたけど、もっと近くにあるような気がして胸が躍る。
早くそうなる日がくればいいのに
井坂君と結婚したときのことを妄想していたら、横から呼ばれる声に現実に引き戻される。
「先輩っ!!」
へらへら顔を引き締めて呼ばれた方を向くと、バイトの後輩である柳尾君が興奮気味にこっちを見ていた。
「ライブ最高っしたね!!PPのライブは初めてだったんすけど、来て良かった!!」
「あははっ、そうだね。」
私は柳尾君と来たライブのことを思い返し、なかなか激しいライブだったことに苦笑いを浮かべた。
ライブはオールスタンディングだったため後ろの人たちの圧に負けてしまい、後ろから押されてもみくちゃにされた。
私はまだ乱れてる髪を整えて、PPのライブには二度と行かないと心に決めた。
柳尾君は物凄く楽しかったようで、ライブを思い返して熱く語っている。
私はそれを聞き流しながら、歌を生で聴けただけでも来たかいがあったかなと思う事にした。
そうしてライブ会場であるライブハウスから人の流れにのって出てくると、出たところで思わぬ人に声をかけられた。
「あれ?もしかして詩織?」
「え――――、あ!!僚介君!?」
私は高校三年のとき以来の僚介君の姿に驚いて立ち止まってしまう。
人の流れを妨げることになりかけたところを、僚介君が手を引っ張って道の端に誘導してくれる。
「詩織、すげー久しぶりだな!え、もしかしてPPのライブ来てた?」
「僚介君も、久しぶりでビックリしたよ。ライブはバイトの後輩の柳尾君が誘ってくれて…。」
私が傍にいるはずの柳尾君を探して答えると、柳尾君が私の斜め後ろから出てきてペコッと頭を下げる。
それを見た僚介君は「ども。」とだけ言って、私に視線を戻す。
「それにしてもすっげー綺麗になったな~!一瞬違うかと思って声かけられなかったんだけど!」
「相変わらず嬉しいこと言ってくれるよね。僚介君こそ昔より磨きかかってるね。なんか体格ガッシリした?」
「ははっ!分かる?最近筋トレ頑張ってるんだよね。」
「へぇ、なんでまた。」
「周りにひょろっとした奴多いからさ、差別化したくて。」
「ふーん…、そうなんだ。」
差別化という意味が分からないけどとりあえず相槌を打っていたら、柳尾君に服の袖を引っ張られる。
「先輩、そろそろ電車乗らないと。」
「あ、そうだね。僚介君、また今度ゆっくりご飯でも行こ。」
「もしかして電車で来てる?なんなら車で送るけど、どうする?」
「え!?車!?」
僚介君のビックリ発言になんて高価なものを持ってるんだと思ったのだけど、僚介君はケラケラ笑い始める。
「あはははっ、ただのレンタカーだから。俺の所だと乗り換え多くて面倒だから車にしたんだ。」
「あ、そうなんだ。」
私はほっと胸を撫で下ろすと、ちらと柳尾君を見て「どうする?」と訊いた。
柳尾君は少しムスッとした顔で「先輩が乗るなら。」と言うので、私は僚介君のお言葉に甘えさせてもらう事にした。
「じゃあ、せっかくだしお願いしようかな。」
「よっしゃ。駐車場こっちなんだ。ついてきて。」
僚介君は背を向けると歩き出して、私は柳尾君に袖を引っ張られたままその後に続く。
そうしてものの5分ぐらいで到着すると、僚介君が乗り込んだ車に柳尾君と二人後部座席にお邪魔する。
「家どの辺?近い方から行きたいんだけど。」
僚介君がカーナビを触りながら尋ねてきて、私と柳尾君がそれぞれ説明すると僚介君は「了解。」と言って車を発進させた。
パーキングの支払いを済ませて滑らかに道路を進み、大通りに出た所で僚介君が前を向いたまま言った。
「えっと柳尾君だっけ?詩織とは仲良いんだ?」
「え、はい。先輩には去年からずっとお世話になってて、好きなものもよくかぶるから…。」
「へぇ、じゃあこうやってライブもよく行くんだ?」
「はい。もう3回ぐらいは行ってると思います。」
「マジで?詩織~、慕われてんじゃん。」
僚介君がからかうように言って、私はそれにのって「でしょ?」と返して笑い合う。
すると柳尾君が運転席のシートに手をかけて身を乗りだしだ。
「りょうすけさんは詩織先輩とどういうご関係ですか?」
「あー、中学の同級生なんだ。高校は別なんだけど、通ってた予備校が一緒でさ。同じように関西の大学目指して切磋琢磨してた間柄ってのが分かりやすかな。」
僚介君は複雑な部分を抜き取って説明してくれて、柳尾君は黙って頷いている。
私はそれに補足説明しようと口を開く。
「ベルリシュを一番最初に教えてくれたのが僚介君なんだ。中学の時、よく盛り上がったよね。」
「だな。あんときは周りの奴みんな聴いてたもんな~。」
「僚介君にベルリシュ教えてもらってなかったら、こんなにバンド好きになってなかったかも。」
「大げさ。どっかで絶対聴いてたって。」
「そうかもしれないけど、こうして柳尾君ともライブ来れるぐらい詳しくなったし。僚介君さまさまです。」
「うっわ、それ絶対今思いついたやつ。」
「あははっ、バレた?」
僚介君との掛け合いを楽しんで笑っていると、柳尾君が掴んだままの袖を引っ張ってきた。
それに二人だけで話をしてたと気づいて、柳尾君に話題を振る。
「柳尾君はどういうきっかけでバンド好きになったの?」
「俺はたまたまテレビでやってたライブ映像を見てカッコいいなって憧れて…それからって感じっす。」
柳尾君は嬉しそうに話してくれてほっとする。
僚介君も「男は憧れるよな~。」と話に入ってきてくれる。
「一時自分でやろうって思った事もあったんすけど、てんで才能なくて…。今はこうして色んな曲聴いてライブ行くのがすっげー楽しいっす。」
「ライブってやっぱり違うよね。会場の一体感とか熱気とか…行かないと味わえないもんね。」
「先輩もそうっすか!やっぱり先輩と行くのが一番楽しいです!!」
柳尾君はとても喜んでくっついてきて、私は大げさな反応に照れてしまう。
「あはは、喜んでもらえて何より。また行けたらいいね。」
「ぜひ!チケットとれたら誘いますね!」
「うん、ありがとう。」
そうしてじゃれてくる柳尾君をさりげなく押し返していたら、僚介君が「そろそろ近くだけど。」と信号で止まった時に振り返ってくる。
「柳尾君、先に下ろそうと思ってるんだけど家まで道案内してくれる?」
「え、俺先輩のあとでいいですけど。」
「順路的にその方がいいんだ。時間短縮できるしね。」
僚介君は信号が変わって前に向き直ると、柳尾君はしぶしぶといった様子で家までの道案内を始める。
住宅街の中を柳尾君の案内で右に左に暗がりの道を進む。
それから程なくして着いたようで柳尾君が「じゃあ、また。」と言って車から降りていく。
そして僚介君にお礼を言った声が聞こえたのを最後に車が再度走り出す。
一人減っただけで車内にスッと空気が通るようで、私は空いた隣に手をやる。
そのとき前から僚介君に話しかけられる。
「なんか距離間の近い後輩だな。」
「柳尾君のこと?」
「うん。ずっと詩織にくっついてたし、いつもあれが普通なんだ?」
「あー……そうかな…。いつもはあそこまでじゃないような…。」
私はじゃれつかれたり袖を引っ張られたりした記憶はなくて、少し様子が変だったことに気が付いた。
「それならちょっと警戒しといた方がいいかも。」
「へ?」
僚介君はバックミラー越しに鋭い視線を向けてくると、さっきより厳しい声音に変わる。
「初対面だからただの勘だけど、ああいうタイプは内で何考えてるか分からねーこと多いから、あまり近づけ過ぎない方がいいと思う。」
「え、柳尾君ってそんなタイプかな?人懐っこくて距離間が人より近いだけじゃない?」
「そういうタイプだから言ってんだよ。人との距離感を上手く縮められる奴ってのは洞察力の優れてる奴が多いし、気がついたら自分の弱いところにスッと入り込んでたりする。」
僚介君は何か経験があるのか真剣な面持ちで空気が緊張する。
「もしあいつ自身のことあまりよく知らないなら、自分のことは話しすぎない方がいい。」
「どうして?」
「人間関係ってそういうもんだろ。お互い情報量はイーブンの方がいい。相手のこと深く知りもしないのに、自分のことばかり話す必要はない。」
僚介君に諭されて、私は柳尾君について知ってることを思い返してみた。
バイト先の近くの大学に通ってて…
ベルリシュとかバンドが好き
あとは…
…………さっき聞いた情報ぐらい…
私はあまり知らない事に気づいて僚介君にちらっと目を向ける。
「痛いところ突かれたって顔してる。あいつのこと、よく知らなかった?」
僚介君はここでやっと笑みを見せて、私は図星だっただけに頷くことしかできない。
「趣味が合うって話盛り上がるし楽しいもんな。でも、詩織は自分が女だってこと、ちゃんと自覚するべきだと思う。」
「それは分かってる。」
「分かってない。詩織はあいつのことよく知らないんだろ?」
「知らないけど…、柳尾君は何もやましいこと考えてないよ。」
「そんなこと分からないだろ。いつ、何がどうなるかなんて男と女なら分からねぇよ。」
「でも柳尾君は私に彼氏がいる事も知ってるし―――」
「だから?」
僚介君はここで急に車を路肩に止めると、怖い顔で振り返ってきた。
「俺も知ってるけど、井坂君はここにいないよな?」
まっすぐ自分に向けられた視線に低く通る声。
私は僚介君の何を考えてるのか分からない姿に息が詰まって、大きく目を見開いた。




