1、比例
谷地詩織視点です。
「詩織、詩織…。」
大学三年になったGW。
4か月ぶりに会った井坂君はこっちに来てからずっと私を放してくれないでいた。
「井坂君っ…さすがに…もう無理っ…!」
私が苦しい息を吐き出しながら懇願すると、井坂君も大きく息を吐いてから私のすぐ横に倒れ込んだ。
横から荒い息づかいが聞こえて、私はほっとした途端急激な睡魔に襲われて意識を失った。
*
井坂君と一番長く会わなかった期間を経ての昨年のクリスマス。
井坂君は再会してから一歩も部屋から出してくれなかった。
あのときは本当に自分が壊れるんじゃないかと思った。
井坂君は会わなかった時間分を埋めるように何度も私の名前を呼んで求めてきた。
私も寂しかったからそれに応えたけど…
心と身体は別だ。
私はそのときのことを思い出してふっと目を覚ました。
すぐ横で井坂君が爆睡しているのを見て重い体を起こす。
やっぱりしんどいな…
私はクリスマスの時と同じだと思って健やかな寝顔の井坂君を見つめる。
会う度に頻度が増えてる気がする…
帰省してるときにはそういうことできないから、お互いの家に来てるときが特に…
それだけ我慢してるってことなのかな…
井坂君の頬に手を当てて優しく撫でると井坂君の表情が緩むのが見えて、胸が温かくなる。
井坂君の事、大好きだから嬉しいけど…
井坂君…ちょっと変な気がする…
私は井坂君がたまに辛そうな顔をする瞬間を見ていたので、それが気がかりだった。
私を求めて名前を呼んでくれてるとき、胸がギュッと鷲掴みにされる表情を見せる。
今にも泣き出しそうな子供みたいな顔。
一人でいるときにずっとあの顔をしているとしたら胸が痛くて堪らない。
この二年はなんとか乗り越えたけど…まだ同じ時間分、離れてなきゃいけない。
私は井坂君がすごく愛おしく思えて、井坂君に顔を寄せると優しく唇を合わせた。
大好き
少しでも井坂君の中の辛さがなくなることを願ってそうしていたら、急に後ろ頭を押さえつけられてキスが激しいものに変わったことに心臓が縮み上がった。
「んんっ!!――――…っ!!」
井坂君の肩に手を置いて押し返していると、少しだけ力が緩んで息ができるようになる。
そのとき首の後ろに腕が回ってきて強く抱き締められる。
「詩織…、詩織…。」
井坂君は私の耳や首元に何度も口を寄せては触れてきて、私は身体が疼くのが嫌で「やめっ!」と懇願する。
井坂君はそれを聞いてやめてくれると少し離れて私と目を合わせてきた。
「詩織、はよ。」
「…おはようっ―――て…時間何時か分からない…。」
「ははっ、だな。つーかそもそも今日何日だ?」
井坂君はやっと私を解放してくれるとベッドから下りて、ケータイを手に戻ってきた。
「うわ、詩織こっち来てから二日経ってる。しかも昼過ぎてるからもうすぐ三日だ。やべーな。」
三日!?
しんどいはずだよ…
どうかしてる…
私はご飯すらきちんと食べてなかったことを思い出して急にお腹が減ってくる。
何度か何か食べた気がするけど、ほとんど井坂君とイチャついてたから記憶飛んでる…
私はどこか嬉しそうに笑い続ける井坂君を見ながら、大きくため息をついた。
「ははっ!冷蔵庫も空っぽなんだけど!うっわ、ここ汚ねぇ!!」
着替えながらキッチンを見ている井坂君はなんだか楽しそうにも見える。
私はとりあえずお風呂に入りたいと思って、ベッドの下に散らばっている服の中からワンピースに袖を通した。
そうしてお風呂に向かうと湯船にお湯を入れるスイッチを押す。
そのとき後ろから声がかかる。
「詩織~、いつ帰るって言ってたっけ?」
「んー…と、明後日…かな?」
来てから三日経ってるなら残り二日のはずとそう答えて洗面所から出ると、洗い物をしていた井坂君が「明後日…。」と小さく呟いたのが聞こえた。
それが気になってキッチンにいる井坂君の背に目を向けると、井坂君は水を止めてみるからに肩を落としていて、その姿に胸がギュンッと苦しくなる。
うぅ…可愛い…
駆け寄って抱きしめたいけど…
これ以上イチャつくのは体力的に無理…
我慢と思って胸の前で手を握りしめていたら、何か吹っ切ったのか井坂君が洗い物を再開するのが見えて、私も自分の気持ちを抑えて自分の荷物の元へ。
それから着替えを取り出していたらケータイが光ってるのが見えて手に取って確認する。
メールが二件来ていて両方共バイトの後輩の柳尾君からだった。
一件目がお互い好きなバンドのライブチケットがあるから一緒に行って欲しいとのお誘いのメールだった。
二件目はそれの補足でダメなら早めに連絡欲しいとのことと、今度バイト一緒の日にご飯行きたいっていう内容だった。
私はライブの日程とバイトのシフトや大学の授業予定を思い返して大丈夫そうだと判断すると、ライブ行くという返事とご飯も大丈夫だと合わせて返信した。
そしてケータイを鞄にしまうと、着替えを手にお風呂へ向かおうと振り返ったところに井坂君がいて心臓が跳び上がる程驚いた。
「――――っくりした~…。無言で背後に立つのやめてよ~。心臓飛び出すかと思った…。」
「さっきのメール誰?」
井坂君が無表情に尋ねてきて、私はその雰囲気が少しピリッとしてることに緊張しながら説明する。
「バイトの後輩くんだよ?前からよく話してるよね?」
「うん。メールする仲なんだ?」
「え…、まぁ…バイトのシフトの交代お願いするときもあるから…。」
「ふ~ん…、じゃあシフト交代のお願いのメールだったんだ?」
「え。」
私は正直にも言葉に詰まってしまい、井坂君に追及されるのが目に見えてるのにあからさまに表情に出してしまった。
こういうとき察しのいい井坂君は怖い笑顔を浮かべると「違うみたいだな。」と声を低くしてきて、私は身の危険を感じて井坂君の横めがけて猛ダッシュした。
そして鍵のかかるトイレに逃げ込んで立て籠る。
上手く逃げ込めたことにほっと一息つくと、直後にドアを叩かれて身が縮み上がる。
「詩織!!なんで逃げんだよ!!」
「だ、だって井坂君怒ってるでしょ!?」
「怒ってねーよ!話してーから出てこいって!」
絶対怒ってると思ったので居座ることに決めて黙る。
「ホントに怒ってねーから。ただ何のメールか気になっただけで。」
「………。」
「詩織、出てきてくれよ。」
「……メールのこと、何も聞かないって約束してくれるなら出てもいいよ。」
私が条件を出すと今度は井坂君が黙ってしまって、正直すぎる姿にしばらく出られないなと思った。
以前も後輩くんとの仲を疑ってた。
赤井君の助けもあってなんとかあのときは収まったけど。
井坂君だって女の子の友達いるんだから理解してくれてもいいのに…
すぐ嫉妬するから困る。
私は井坂君のために聞かない方がいいと思ったのだけど、井坂君は違ったようで扉の向こうからやっと返事が返ってくる。
「いやだ。気になって寝られなくなる…。怒ったりしないって約束するから教えてほしい。」
その約束本当に守れるのかな…
私は黙ったまま今までの井坂君の姿を思い返して、絶対無理だという結論に至る。
すると何か感じ取ったのか井坂君が向こうから懇願してくる。
「頼む。絶対怒らねぇって約束する。」
このままじゃ一方通行で解決できないな…
私は頑固な井坂君は絶対折れないと思って、仕方なく自分が折れる事にした。
「分かった。約束絶対守ってね。メールの内容はライブに誘ってくれたの。好きなバンドが一緒だから、それ覚えててくれてたみたいで。ダメならいいって書いてあったから、誘う相手は私以外にもいるの。何も心配することないから。」
念を押して説明すると、井坂君はしばらく黙っていたけど「分かったから出てきて。」と言うので、私は本当に大丈夫かとおそるおそる扉を開けた。
扉を開けると真ん前に井坂君がへたり込んでいて、私は井坂君の前に腰を下ろすと彼の顔を覗き込んだ。
井坂君の顔は不満そうにブスッと歪んでいて、怒ってない表情に安心した。
「分かってくれてありがとう。」
私は約束を守ってくれてる姿に嬉しくなってきちんとお礼を言うと、お風呂が沸いた音が聞こえたので「お風呂行ってくるね。」と伝えて脱衣所に向かった。
井坂君、ちょっと大人になったのかな
私は嫉妬して怒らない井坂君が新鮮で、自然と顔が緩みながら服を脱いでお風呂に入ると、シャワーで身体を流した。
そして軽く身体を洗ってから湯船につかって癒されていると、お風呂の扉がバンッと開け放たれて井坂君が乱入してきた。
「ちょっ!!井坂君!?」
私が何しに来たのか聞きたくて目を瞬かせていたら、井坂君は荒々しくシャワーを浴びた後狭い湯船に入ってきた。
私はそれに恥ずかしくて、真っ赤になりながら自分の身体を両手で隠して抗議する。
「なんで入ってくるの!?あとで入ればいいのに!」
「ここは俺ん家の風呂!!いつ入ろうと俺の勝手だろ!?」
さっきと打って変わってみるからに怒ってる井坂君は、私に手を伸ばしてくると首の後ろを掴んできて身体がビクッと震える。
「怒らないって約束したのに!!」
私が精一杯の反論を口にすると、井坂君は私を鋭く見つめてから顔を近づけて言った。
「怒ってねぇ、これは俺の愛情の深さからくるごく当たり前の行動だ。」
「なっ!?そっ―――!!」
そんなこじつけと言いたかったのに乱暴なキスに口を塞がれてしまい、私はどこも大人になってない!!と井坂君の傍若無人っぷりに頭が逆上せていったのだった。




