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理系女子の恋~大学生編~  作者: 流音
act4:変化<貴音、新>
29/40

2、恋愛下手

島田視点です。







八牧さんが山岸とかいう奴につけ狙われてから、俺の気持ちに大きな変化が起きた。


瀬川との件で八牧さんの弱い面も見ていた俺は、彼女の強がりにすぐ気が付いた。

口では『大丈夫』と言っていても心の中で怯えているのは明らかで、そんな健気に耐える彼女を守りたい気持ちが芽生えた。


俺が一番に八牧さんを守る

傷つける奴を近づけさせやしない


絶対に


この気持ちは同情からくるものじゃない

もう認めるしかない


俺は八牧さんの事が『好き』なんだと


そう受け入れてからはなんとか彼女との接点を持とうと頑張っていたけど、バイトの後輩に邪魔されたりして一向に上手くいかない。


俺の何が悪いのかさっぱり分からない…


一方的な片思いしか経験のない俺は、女子を振り向かせる方法が分からず頭を抱えていた。



「なぁ…、好きな子振り向かせるにはどうすればいいんだ?」


講義の合間の休憩時間――――

俺はメールを打つ赤井に尋ねた。

赤井は俺に目だけ向けて一瞬固まる。


「――――それは谷地さんを本気で落とすってことか?」

「は?」


赤井から返ってきた言葉に今度は俺が固まって、はっと気づく。


やっべ!!

赤井に何普通に聞いてんだ!!


俺は慌てて首を振ると、引きつる笑顔を浮かべる。


「いや!そういうんじゃなくって、今後の参考にしようかと…。」

「だったら真剣な顔で聞いてくんなよ…ビビるだろ…。あの二人の不穏な空気につけ込む気かと思ったじゃねぇか。」

「悪い…―――って、不穏な空気ってなんだよ?」


赤井の口から飛び出した気になるワードに食いつくと、赤井はケータイをしまいながら説明してくれる。


「この夏休みさ、井坂が海外行ってて谷地さんに会えてないの知ってるよな?」

「あぁ、なんか教授の講演会だか研究発表だかについて行くためだよな?」

「そうそう。それでその埋め合わせを9月の連休に予定してたらしんだけど…それがダメになったっぽくて…。」

「えぇ?」


谷地さんを一番に考える井坂にしては珍しく、俺は何があったのかと考えた。


「谷地さん、表面上は仕方ないとか言ってたけど…あれは相当ヤバいやつだと思うんだよな。」

「ヤバいって?」

「まず笑顔が怖い。」


谷地さんの怖い笑顔なんて想像もつかず首を捻る。


「あと、井坂のことを口にできねぇ。」

「なんで?」


赤井はここで身震いすると、「試せば分かる。」と話す気分じゃないのか口を噤んでしまった。

俺は怖い谷地さんを想像できずに顔をしかめていたら、ちょうどよく谷地さんが教室に入ってきて、俺たちに気づいた谷地さんがこっちに向かってくる。


「二人共、次の講義一緒だったんだね。」

「あぁ、俺は今日ずっとここ。」

「そうなんだ。」


俺はいつも通り普通の谷地さんにどこが怖いのか分からなくて、赤井の言葉通り試してみることにした。


「なぁ谷地さん、井坂だけどさ―――」

「ねぇ、その話今しなきゃダメ?」


谷地さんは怖いぐらい冷ややかな笑顔で遮ってきて、俺は「いや…」としか答えられなくなる。

俺がこれか…と思って生唾を飲み込んでいると、横で赤井が「だから言っただろ…。」と小さく呟くのが聞こえる。


何がどうなってこんなにこじれてんだ…?


俺は井坂が何をしたのかが気になり過ぎて、講義が終わってすぐ井坂に電話をかけることにしたのだった。






***






「おい井坂、なんで谷地さんに会う約束破ってんだよ?」


電話が繋がってすぐ開口一番に尋ねると、井坂はしばらく唸り続ける。

赤井が横でじっと耳を澄ましている中、やっと口を開いた井坂は半分泣きそうな声で言った。


『破りたくて破ったんじゃねぇっつの…。俺がこっちでどんだけ詩織欠乏症になってるか、お前らになら分かるだろ?』

「分かるけど…、だったらなんで会わないんだよ?」


今度ははぁ~っと長いため息が続いたあと、言いにくそうに返事がくる。


『今…、ちょっと俺の立場が危ういっつーか…、小木曽教授の中で俺の順位が脅かされてて…』

「はぁ?順位?」

『……今年の新入生に超出来るやつがいて…、小木曽教授のことすげー理解してて…教授もそいつのこと褒める事多いし…。今まで俺が一番だと思ってたから…ちょっと焦ってるっつーか…。』

「へぇ…。」


余裕のなさそうな井坂の様子に俺と赤井は顔を見合わせる。


『詩織にももちろん会いたいけど…今、そっちに行ったらそいつに負ける気がして…。今は、研究に集中したいんだよ…。』

「ふ~ん…、まぁそういう理由なら仕方ないかもな…。」


俺は井坂が東聖を受験した理由でもある本分を思ってそう返したのだけど、赤井は違ったのか俺からケータイを奪うとスピーカーに切り替えて言った。


「男なら負けたくねー気持ちは分かる。けどさ、谷地さんにはそれ理解してもらってるわけ?」

『………詩織、もしかして怒ってる?』

「あぁ、俺の主観ではかなりヤバいと思うけど。」

『だよなぁ~~~~…。』


電話の向こうで項垂れる井坂が想像できるほどの声の抜け具合に、笑いそうになるのを堪える。


『詩織、全然電話に出ねぇし…メールも返ってこねぇし…。絶対怒ってると思ったんだよなぁ…。』

「お前一体どんな言い訳したんだよ?」

『言い訳って…、お前らに言ったまんまだけど…今は研究に集中させてほしいって…、必ず埋め合わせはするって約束して…。詩織は分かったって言ってたんだけど…。』

「まぁ、今の様子を見る限り分かってなかったんだろうな。」


赤井が容赦なくズバッと言って、井坂の『あぁぁぁー!』という悲痛な声が聞こえてくる。


『なぁ、そっちで何とかしてくれ!!上手く詩織の気持ちを宥めるとか―――』

「それは無理だろ。超怖いからな。な?」


赤井が俺に同意を求めてきて俺は「そうだな。」と答える。

それを聞いた井坂が『そこをなんとか!!』と懇願してくる。


「んなこと言われてもなぁ…。できる手段とすれば谷地さんをお前のとこに行くよう仕向けるぐらいしか―――」

『それはダメだ!!来られたら研究どころじゃなくなる!!』

「おい、無理言うな。谷地さんは会えない事を怒ってんだ。それを解消させるには会う方法を考えるしかないだろうが。」

『うぅ~~~~~!!』


井坂は頭を悩ませているのか唸り声が響き続ける。

俺も赤井もため息をついて、井坂の返答を待つ。


するとカツカツと足音が聞こえてきて、そっちを向くと谷地さんがいて身が縮み上がった。

それは赤井も同じだったのか谷地さんを見つめて大きく目を見開いている。


谷地さんは置いていたケータイを手に取ると、それに向かって口を開いた。


「井坂君、研究に集中してくれて大丈夫だよ。私、そっちに行く気はこれっぽっちもないから!」

『詩織!?』

「井坂君の誕生日祝いたかったけど、クリスマスまで先延ばしでいいよね?あ、それも無理だったら年末年始かな。集中するって言ったんだから、それちゃんと貫いてよね。」

『詩織!!ちょっ、俺は!詩織にも会いたくて!!』


井坂がしどろもどろに言い訳を言おうとしているのを聞く気はないのか、谷地さんはケータイを置いてさっと踵を返してしまった。

その凛とした背中に彼女の底知れぬ怒りを感じて引き留めることができない。


赤井もその背中を見つめながらなんとか井坂に伝える。


「井坂、もう谷地さんいねーよ…。つか、今回ばかりはマジでやべぇよ。」

『あぁぁぁーーーーー!!!!』


井坂の悲鳴ともとれる叫びを聞きながら、俺は自分の悩みなんかどこかへすっ飛んでいってしまっていたのだった。






***






その後、俺と赤井はなんとか二人を仲直りさせるべくそれぞれ動くことにした。

赤井は谷地さんの気持ちをなんとか宥めてみるとバイト先へ。

俺は八牧さんにも協力してもらおうと、バイト先へ向かおうとしていた八牧さんを引き留めた。

八牧さんは話を聞くなり、何か腑に落ちたようでふっと笑った。


「どうりで…、しおりんの様子変だなって思ってたんだよね。」

「なんとか仲直りさせられねぇかな?」

「しおりん、頑固だからなぁ…。まぁ、とりあえず話は聞いてみるけど…。」


八牧さんはそこまで言うとちらっと俺を見てきて、俺は何かと首を傾げる。


「やっぱりしおりんのこと、大事なんだね。」

「へ?」


『大事』の意図が掴めずぽかんとしていると、八牧さんは薄く笑みを浮かべながら歩き出す。


「高校の時からずっとそう。しおりんが辛いとき、いつも一番に動くのは島田君だった。それだけ大事に想われてるしおりんがちょっと羨ましい。」

「え!?いや!!これはあのときとは違うっつーか!大事なのは大事だけど、意味が違って!」

「言い訳しなくていいよ。しおりんに一途なところは痛いほど見てきたんだから。」

「~~~~!!!」


違う!!


俺が好きなのは八牧さんだ!!


と言えたらどれほどいいか。

俺は勇気の出ない自分にイライラしながら彼女の後を追いかける。


そして何とか自分の中のちっぽけな勇気を拾い集めて言葉を絞り出す。


「おっ、俺は八牧さんだって大事だよ!!」

「え?」


驚いたような八牧さんの顔がこっちに向くのを感じて視線を下に落とすと、ちっぽけな勇気が消えてなくなる前に言い切る。


「八牧さんだって強がりなとこあるから心配するし、もっと頼って欲しいって思う事だってある。俺がこんな風に思ってること、覚えてて欲しい。」



よしっ!!言った!!!



俺はドキドキしながら八牧さんの返事を待って、ちらと横を窺う。

そこには目を丸くさせた八牧さんの顔があって、彼女は薄く開けた口から「わかった。」とだけ吐き出した。


俺は彼女の反応からもしかしたら何か伝わったかと思ったのだけど…

そのあとは至って普通で、俺はあと一歩勇気の出なかった自分のヘタレ具合に後悔することになったのだった。













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