1、もやもや
八牧貴音視点です。
「今日もバイト?」
今日一日全ての講義が終わったあと、ここのところ定例化しつつある島田君から訊かれ、私はふっと短く息を吐いてからいつもと同じように答える。
「そうだけど。また待ってるの?」
「まぁ…、念のため。」
島田君は例の西皇大生のストーカー事件以降、まるで私の保護者のようについて回る。
これもその一つでバイト終わりが一番危ないと毎日のように家まで送ってくれる。
慣れない女子扱いはむず痒いのだけど、こんなに誰かに気にかけてもらうことなんてないので嬉しくなってしまう。
それを表情に出さないように微妙な顔の島田君と並んで部屋を後にする。
「もう大丈夫だと思うんだけどなぁ…。」
「安心し始めたときが一番危ないんだよ。」
「それ何情報?」
「………なんかで聞いた。」
刑事ドラマか何かかと思っていたら、島田君がぼそっと呟くように付け足した。
「俺の事なら気にしなくていいから。」
私の思ってることを先読みしたかのような発言に面食らう。
ほんっと変なとこで鋭いなぁ…
「分かった。ここはしおりんみたいに島田君に甘えとく。」
「へ?谷地さん??」
島田君がきょとんとした顔で訊き返してきて、私はいつも目にしてきた光景を思い出して自然と笑ってしまう。
「自覚ないんだ?あれだけ影でしおりん守っておいて。いつもちょっと羨ましかったんだよね。」
「えっ!?羨ましいって!?」
「世の中の女子なら皆羨ましいと思うよ?あれだけ一途に想われたらさぁ~。だから今ちょっとだけしおりん気分味わえていい感じ。」
半分冗談のつもりで口にしたことを正面から受け取ったのか、島田君は照れながら「ふーん。」とどこか嬉しそうに口を噤む。
「っていうか、しおりんの方は大丈夫なのかな?前に聞いた時は笑顔全開で平気平気~とか言ってたけど…。」
「あー…、谷地さんは大丈夫だよ。」
島田君は何か確信でもあるのか含み笑いしながら即答してきて、私は何故なのか首を傾げる。
「なんでそう言い切れるの?」
「え、だってあいつが散々牽制かけていってたからさ。」
「あいつって…井坂君のこと?」
「そう。横浦ってやつのこと、寺崎と協力して完膚なく叩きのめして…。その後の監視を寺崎に頼んだって。それからは散々大学構内で谷地さんとイチャついてやがったし、しばらくは誰も近付かないんじゃねぇ?」
寺崎君と協力して何かしたっていうのはしおりん伝てで聞いていたのだけど、その後の監視のことは初耳で驚いた。
井坂君の念の入りようにしおりんへの愛を感じて、こっちまで照れ臭くなってしまう。
「ふふっ、相変わらずだよね。」
「だな。ま、気持ち分からなくはないけど。」
「分からなくないんだ。」
片思いこじらせてるもんなぁ~
こっちも相変わらずだと笑っていたら、島田君が少し顔を赤くさせて黙ってしまった。
その様子からしおりんへの気持ちにまだ踏ん切りがつかないことを察して、エールのつもりで軽く背を叩いたのだった。
***
それからの日々は何事もなく穏やかに過ぎていき、気が付けば私たちは大学二年になっていた。
あの事件から半年以上が経過した夏の終わり。
島田君もしおりんも相変わらずで、しおりんはバイトで初めて後輩ができたことに喜んでいた。
島田君は以前ほどではないけれどよく私の周りに出没していて、時折二人で出かけることもあるぐらい変に仲良くなってしまっていた。
その関係に違和感もなく…というか自然でわりと楽しいので、流されるまま今の関係になった感じだ。
恋に敗れた者同士気が合うのかもしれない。
そんな居心地の良い戦友の島田君と一緒にまた一年が過ぎていくのかなーと思ってた矢先、事件が起きた。
「あらた先輩っ!」
いつもの流れでしおりんと赤井君、それに島田君とお昼を学食でとっていたら、いかにも女子!というブリブリした可愛らしい子が島田君になんとも近い距離間でひっついてきた。
私はあまり見る事のない光景に目が点になる。
「こっちでやっと見つけられた!」
「見つけられたって…何か用でもあんの?」
島田君は彼女を引き剥がしながら面倒くさそうに尋ねる。
そんな島田君にめげずに彼女は再度顔を寄せてくると、可愛らしくぷくっと頬を膨らませる。
「用がなくちゃ会いに来ちゃダメなんですか!?」
「分かったから…近いっつの。」
ぼけっと見つめ続ける私たちの視線に気づいたのか、島田君は彼女の顔を平手で押し返しながら口を開いた。
「こいつバイトの後輩の加藤……さん。」
「初めまして!!加藤『瑠衣』です!いつも新先輩にはお世話になってます!!」
彼女の名前が思い出せなかったのか、島田君の中途半端な紹介に彼女が名前を強調して補足してくる。
そんな彼女に私たちは軽く会釈して答える。
「先輩、いつもここでお昼してたんですね。私外で食べてたから気づかなかった!」
「どこで食べてようが加藤に関係ないよな?」
「言い方が冷たいっ!!バイトの時みたいに優しくしてくださいよ!」
「今は営業時間外だから。」
「え~っ!!」とぶすっとしながらも楽しそうな加藤さんとそれを見て明らかに楽しんでる島田君の掛け合いを見て、私は胸の奥の方に冷気が通るような感じがして、そんな感覚が初めてで戸惑った。
後輩の前ではあんな顔するんだ…
いつも弄られている島田君ばかり見てきたので、後輩の前で優位に立っている姿に違和感を感じる。
「つーか用がないならもういいだろ。友達のとこに戻れよ。」
「友達は彼氏とラブラブなんで邪魔できないんですよ。先輩が私の彼氏になってくれたらこの寂しさもなくなるのになぁ~。」
へ!?
さらっと告白したことにビックリしていると、島田君ははーっと長いため息をつく。
「悪いけど、お前のお守りするつもりはねーから。さっさとどっか行けって。」
「む~っ!!先輩のケチ!!」
彼女はやっと諦めたのか島田君を軽く押すと背を向けて去っていく。
島田君はそれにほっと安堵したような表情になると、ふっと私たちの存在を思い出したようにこっちに目を向ける。
「悪い、騒がせたな。」
「いやいやいやいや!!騒がせたとかどうでもいいって!何、あの女子!!お前の事好きなわけ!?」
今まで黙ってた分が堰をきったように赤井君が問い詰め始める。
「好きっていうか、あれがあいつの挨拶みたいな?会う度に言ってくるから慣れてきちまって…。」
「会う度って…それよっぽど好かれてるだろ!!」
「そんなわけねーって。初めて会ったときからだぞ?人のことからかってんだって。」
「一目惚れかもしれねーじゃんか!!ちゃんと話してみろよ!」
「この俺に一目惚れとかねーから。」
赤井君の言葉をすべて否定すると、島田君は何故か私の方を見て「あいつのことはなんとも思ってねーから。」と言ってきて、私は「ふーん。」としか返せない。
可愛げのない返しにもう少しちゃんと答えれば良かったかなと思っていると、横でしおりんがニヤついてるのが見えた。
「何?」
「え~?なんだかタカさんが可愛いな~と思って。」
「え!?どこが!?」
「ふふっ、そういうところ。」
しおりんは楽しそうに笑っていて、私は自分の中の初めての戸惑いを隠したくて手で顔を覆った。
***
その日から度々島田君と加藤さんが二人でいるのを見る機会が増えて、私は遠目に見るとカップルのような二人に少し複雑な気持ちだった。
しおりんのことに踏ん切りをつけて次に進めているなら、応援してあげたい
それが彼女の好意に甘えている形だったとしても…
島田君が幸せになるなら
私はそれが一番だと自分に言い聞かせて相反する気持ちに目を背けて歩き出すと、後ろから声をかけられた。
「八牧さん!」
後ろから声をかけて走ってきたのは島田君で、彼の後ろに加藤さんの姿も見える。
「ちょっと相談があるんだけどさ、今日時間ある?」
「相談?バイト終わってからなら大丈夫だけど…。」
「助かる!!いつもと同じ時間だよな?」
「うん…。」
島田君と話しながら後ろにいる加藤さんの視線が気になり、表情が強張ってしまう。
「じゃあ、迎えに行くよ。」
「え!?先輩っ!!もしかしていつも迎えに行くって言ってた人ってこの人ですか!?」
加藤さんが私に人差し指を突き付けながら島田君に訊いていて、私は突き付けられた指先を見て顔をしかめる。
「そうだけど―――ってその指下げろ。」
島田君が加藤さんの手を軽く叩いて下げさせると、加藤さんは私の方にじろっを目を向ける。
「ふ~ん…この人が…。」
「??何?」
私は敵視されてるような目にイラッとして彼女を睨み返す。
すると彼女は腰に手を当てて私に近付きながら言った。
「私、新先輩の彼女になりたいんですよね。」
「知ってるけど、それが何?」
「この際なんではっきり言わせてもらいますけど、邪魔しないでくれますか?」
「…邪魔した覚えないけど。」
「ちょっ、ちょっと!!ストップ!!」
この際も何も覚えのない言いがかりにイラッと返すと、島田君が間に割り込んでくる。
「お前、なんつーこと八牧さんに言ってんだよ!!八牧さんは何もしてねーだろ!?」
「だって!!先輩がいっつも足しげく迎えに行ってたのってこの人の所なんでしょ!?私の誘いは全部断るのに!!私からしたら邪魔されたのと一緒なんです!!」
「はぁ!?お前っ、そんな自分勝手な―――」
「自分勝手上等ですよ!!この人いなかったら、私の誘い断らなかったですよね!?」
堂々とした彼女の物言いに島田君は確信を突かれたのか絶句してしまったので、私はふっと息を吐くと彼女に目を向けて告げた。
「要は島田君に誘いを受けて欲しかったってことよね?」
「そうです!!」
「だったら今日の相談、私じゃなくて彼女に聞いてもらったら?」
「へ!?!?」
「えっ!」
上手くまとめるにはこれが一番だと思い、島田君に向けてそう言うと島田君がビックリしたように目を見開いた。
その横で加藤さんの目が輝く。
「私、バイト終わり疲れてるだろうし、上手く相談のれないかもしれないから。今日は遠慮する。」
「そっ、そんなっ!!さっきは大丈夫って!!」
「気が変わったの。可愛い後輩に聞いてもらうと癒されるかもしれないよ?」
「だっだけど、俺は―――」
島田君は少し顔を引きつらせて何度か首を横に振っていたけど、キラキラした加藤さんの表情を見ていると自分が邪魔者なのは明らかだったので、その場から逃げるように背を向ける。
「じゃあ、そういうことで。」
厄介なことに巻き込まれるのは嫌だったのでさっと歩き出すと、背後から「ありがとうございまーす!」と加藤さんの元気な声が聞こえてくる。
私の対応は正しいはず…
私は胸の奥がもやっとしていることに気づかないフリをしながら、そう思う事で前を向いたのだった。




