9、寂しさと嫉妬
詩織視点です。
「ただいま~…」
バイトを終えてまっすぐ帰ってくると、部屋の中が真っ暗で井坂君がまだ帰ってきていないことに気持ちが沈んだ。
『観光に行く』と言い出してから丸三日。
井坂君は昼間は出かけていても、夜は家にいてくれて出迎えてくれた。
一緒に過ごす時間が短い事に不満はあったけど、井坂君の「おかえり。」があったから我慢してこれた。
遠距離のことを思うと贅沢な不満なんだけど、近くにいるからこそもっとという欲が生まれてしまう。
私は寂しい気持ちを押し込んで寒い部屋を暖めようと暖房をつけた。
そして軽く夜ご飯を食べようと準備を始める。
井坂君、ご飯どうするんだろう…
ふと準備しながらそう思い、とりあえず作っておくことにして、簡単な炒め物とスープを並行して作る。
一人暮らしを始めてから料理の腕も上達したもので、ものの三十分で作り終えると時間を確認した。
もう22時か…
井坂君どこ行ってるんだろ…
あまりにも帰りが遅いので心配になって井坂君に『今どこ?』とだけメールしてから、先にご飯を食べる事にした。
井坂君からのメールの返事を待ちながらもそもそとご飯を食べる。
最近井坂君と一緒にご飯食べてたせいか、あんまり美味しくないな…
一人ご飯の寂しさを味わいながら食べ終えると、片づけをしている頃にやっと井坂君が帰ってきた。
「ただいま!!遅くなって悪い!」
井坂君は駅から走ってきたのか大きく肩で息をしていて、部屋に入るなりその場に座り込んでしまった。
「おかえり。こんな時間まで何してたの?」
「いや…電車乗ったのも遅かったんだけど、慌ててたらちょっと乗り換え間違えちまって…。」
「乗り換えって…。」
何をしてたのか言おうとしない井坂君を不審に思いながら傍に近寄ると、ふっと揚げ物っぽい匂いに混ざって女性ものの香水の匂いがして立ち止まる。
なんでこんなに香水の匂いが…
電車に乗っただけではこんなに残らないはず…
私は何をしてきたのか問いただす必要があると思い、その場で井坂君を見下ろした。
「井坂君、何をしてきたのか正直に言って。」
「え、正直にって…赤井たちと観光に…。」
「うそ。誰か女の子と一緒だったでしょ?」
「へっ!?」
井坂君はまずいという顔で固まって、私は隠し事をされてることに悲しくて目頭が熱くなってきた。
「なんで隠そうとするの…?私がどんな気持ちで――――」
私は自分が感情のままに気持ちをぶつけようとしていることに気づいて言葉を切ると、井坂君に背を向けて寝室に逃げ込んだ。
台所への扉をきっちりと閉め開かないように細工する。
すると焦った様子の井坂君が扉を叩き始める。
「ごめんっ!!詩織!!隠そうとか嘘つこうと思ってたわけじゃなくて!!言い辛かったというか…。ちゃんと説明するから話を聞いてくれ!!」
「今は聞きたくない。話なら明日聞くから。」
私は一旦冷静になろうと思ってベッドに向かう。
寝てしまえば明日には気持ちが切り替わってるはず。
私はそう自分に期待して寝ようと思ったのだけど、井坂君の大声に邪魔される。
「いやだっ!!詩織に嫌な気持ちさせたままで寝られるか!!詩織が俺の話を聞いてくれるまでここで扉を叩き続けるからな!!」
井坂君の言葉通りドンドンと鳴り続ける扉を叩く音に眠る気分ではなくなってしまい、私は扉の傍まで行くと扉は開けずに言った。
「今日、どこで何してたの?」
私の問いかけに扉を叩く音が止み、井坂君が答えてくれる。
「赤井と…寺崎僚介と一緒に西皇大の近くの飲み屋で合コンに参加してた…。」
「合コン?」
私は僚介君の名前が出てきたことにも驚いたけど、合コンという単語は聞き捨てならなかった。
「なんで合コンなんか…。私が間違えて参加したときにはあんなに怒ってたのに…。」
「そう!!そうなんだけど!これには事情があって!例の横浦と山岸への仕返しのために仕方なく参加したというか…。」
「仕返し?」
あの二人の名前が出たことに本当に何をしてきたのか気になって耳を澄ませる。
「黙ってたけど…この数日赤井と二人で横浦達のこと調べて回ってて…、そのときに寺崎に会ってあいつらへの仕返しに協力してもらえることになって…。今日の合コンで徹底的に叩き潰した……って言い方悪いけど、詩織を傷つけた分やり返したくて…。」
私は自分のために井坂君が影でそんなことをしてくれていたことを聞き胸が苦しくなった。
合コンがまさかそんな流れで私のことに繋がっていたなんて誰が気づけるだろう?
てっきりこの間のことで区切りがついたものだと思っていた。
「あいつらを潰すためとはいえ合コンに参加する事実は変わらないから詩織には言い辛くて…変な誤解させて…悲しませて…本当ごめん。」
井坂君の謝罪を聞きながら私は扉を開けるために細工を外すと扉をゆっくり開けた。
すると頭を垂れた井坂君の姿が目に入り、私は半分ぐらい扉を開けた所で自分の気持ちをぶつける。
「私は前にも言ったけど、井坂君がそうやって私のために動いてくれてたときすごく寂しかった。」
私は今日帰ってきたときのガランとした部屋を思い出して切なくなった。
「この間の仕返しなんてしなくていいから、ただ一緒にいて欲しかった。他の女の子と会ったりしてほしくなかった。」
「………ごめん…。」
ずっと謝り続ける井坂君を見ながら、こうなるのが嫌だったから逃げたのにと思いため息をつく。
「もう謝らないで。私のためにしてくれたのは嬉しかったから…。寂しかったからって我が儘言ってる私が悪い。」
このままだと井坂君を追い詰めるだけだと思い、私は「気持ち整理するから寝るね。」と扉を閉めた。
でもすぐに井坂君の手で開けられて突然のことに身が縮み上がる。
「なんの気持ち整理する気だよ!!」
「へっ!?」
井坂君はさっきまでの態度とうってかわって上から怒鳴ってきて、私は肩を竦めながら彼を見上げた。
「だから!なんの気持ちを整理する気だよ!?俺と別れるための気持ちの整理じゃないだろうな!?」
「えぇっ!?」
井坂君が私の肩を強く掴みそう言ってきて、私は飛躍し過ぎた話に理解が追いつかない。
「ちょ、ちょっと待って!なんで別れる話が出てくるの?」
「は!?詩織がそう言ったんだろ!?合コン行ったって話聞いたら別れるって!!」
…………??
私は何の話をされてるのか思い出せなくて、眉間に皺を寄せながら思い出そうと考え込む。
すると考えている間に井坂君に強く抱き締められる。
「俺は嫌だからな!!なんのために行きたくもない合コン行ったと思ってんだよ!!全部詩織のためなのに!それで別れるとか意味分かんねぇし!!」
「ちょっ、井坂君。一回放して…。ちゃんと話しよう?」
「嫌だ!!俺と一生別れないって約束するまで放さねぇ!!」
あまりにも必死な井坂君に私は不満なんかどこかへ飛んでいってしまって、嬉しい気持ちと愛しい気持ちに笑みがこみ上げてくる。
なんだかなぁ…
私は井坂君をぎゅっと抱きしめ返すと、彼の腕の中で小さく呟いた。
「こんなに大好きなのに別れるわけないよ…。」
井坂君に聞こえたかは分からないけど、私がぎゅっとされてる状況に甘えていると、頭を撫でられたあとにこめかみに優しくキスされる。
それにされるがままにじっとしていたら、井坂君の手が服の中に入ってくるのと同時に深く口付けられた。
一瞬どうしようかと思ったけど、井坂君を愛しい気持ちが大きかったので彼の気持ちに応えることにしたのだった。
次の話で一旦区切ります。




