7、仕返しのはじまり
詩織視点です。
「タカさんっ!!!」
私は赤井君に連れられたタカさんを見た瞬間、井坂君の手を放してタカさんに抱き付いた。
タカさんはそんな私を抱き留めてから「激しいな~。」と笑っている。
「タカさん大丈夫!?島田君からあの山岸さんって人がいたって聞いて、私心配で!!」
「ごめん。心配かけて。山岸さん見かけてビックリして…、校内逃げ回ってたらケータイどこかに落としちゃって連絡できなくて…。」
タカさんの話から山岸さんとは接触してないようで、私は心の底から安堵した。
身体中の緊張感が抜けていくのを感じたとき、赤井君の声が耳に入る。
「俺がたまたま八牧のケータイ拾ってさ、八牧のこと探してたんだ。そしたら不審な動きしてる八牧をさっき見つけて、人だかりできてるここに来たってわけ。」
そこまで説明すると赤井君は笑顔のままジュンさんに目を向けた。
「で?これは何の騒ぎなわけ?八牧が不審な動きしてたことと関係ありそうだよな。つーか、井坂もいるし突っ込むところ多すぎなんだけど。」
「あー、ちょっと説明は後にするけど、とりあえず赤井よくやった。俺ら八牧を探してたんだよ。」
井坂君が赤井君の肩を軽く叩いてそう言うと、赤井君は少し考えてからジュンさんを指さした。
「お前、谷地さんに何かしただろ?」
「は?」
赤井君の鋭い指摘に私たちが驚いていると、赤井君はちらっと井坂君を一瞥してから言った。
「井坂がここにいる時点で谷地さん絡みに決まってんだろ?こいつがそれ以外で遠路はるばる来るわけねぇし。あ、もしかして谷地さんのこと狙ってたとか?」
まるで見ていたかのような言い方に私たちが黙っていると、一番に口を開いたのはジュンさんだった。
「うっさいな!!ちょっと可愛いからこの俺様が相手にしたっただけや!本気で狙ってたわけちゃうわ!!」
「ははっ!!これマジで当たってたんだ。俺すげー!」
赤井君が面白おかしくお腹を抱えて笑っていたら、ジュンさんが真っ赤な顔で「桐來風情がバカにすんなや!!」と怒鳴ってきた。
その一言に赤井君は笑うのをやめて真剣な顔でジュンさんを見据えた。
「桐來風情ねぇ…。お前、どこの大学なんだよ?」
「あ?西皇や。お前らとはレベルが段違いやろ。」
「なーるほどね。」
赤井君はここまで聞くとくるっとこっちに振り向いてきた。
「八牧、お前が逃げてたのってこいつの知り合いのせいだよな?」
「え――――、あ、うん。」
「へぇ、類は友を呼ぶ…か。」
赤井君は何が分かったのかそう小さく呟くと、今度は島田君の持つジュンさんのケータイに目を留めた。
「これお前の?」
「そうや!!返せ!」
勢いよく手を差し出すジュンさんを見て赤井君は島田君からケータイを受け取ると、なんと勝手に中を見始めてしまった。
「おい、お前!!!」
赤井君に向かって行こうとしたジュンさんを咄嗟の反応で井坂君が捕まえて、島田君が二人を交互に見て戸惑っている。
「放せ!!」と暴れるジュンさんを井坂君が押さえつけている間に、赤井君は何を見たのか何やら納得した顔でジュンさんに目を向けた。
「なぁ、お前とお前の連れが今日ここにいるのって谷地さんと八牧さんに会うためだよな?」
「あ?当たり前やろ!」
「それって何を期待して来たわけ?少なくともこんな騒ぎ起こすほど二人のことを馬鹿にしにきたわけじゃねぇだろ?」
そこまで言うと、赤井君はジュンさんのケータイを操作して画面をジュンさんに見せた。
「これ、お前の連れとのやり取りが残ってる。『昨日は失敗したけど、今日は絶対ものにする。酒さえ飲ませればこっちのもんやから。』」
赤井君が画面に映ってるメッセージを音読して、私は背筋に悪寒が走った。
それはタカさんも同じだったのかタカさんが私のことを強く掴んできて、私もタカさんの手を強く掴んだ。
「何これ?犯行予告かなんか?自分でもヤバいの分かるよな?」
赤井君はジュンさんに画面を見せるのをやめると何やらケータイを操作してしてから言った。
「これ証拠として俺のケータイに転送しとくから。今後二人に近付いたら…分かるよな?」
赤井君は冷たい言葉でそう告げると、井坂君にジュンさんを放すよう目で合図してから彼にケータイを手渡した。
「精々俺の目に留まらないよう、細々とした学生生活送ってくれよ。」
赤井君は最後にそれだけ言うとジュンさんから離れて井坂君と島田君に目配せした。
井坂君は何か言いたそうにしてたけどジュンさんを一瞥してから、何とも言えない表情をしていた。
そんな井坂君を赤井君が軽く叩いてから言った。
「お前のことだから感情に任せてやりたいようにやっただろ。そろそろ冷静になるってことを覚えろ。バカ。」
「うっせーな。これでもちゃんと頭使って策練ったほうだっつーの。」
「まだまだ甘いんだよ。叩きのめすなら徹底的に。きっとまだ終わりじゃねーぞ?」
「はぁ?終わりじゃねぇってどういうことだよ。」
「ま、それは今後の出方次第かな。」
赤井君はそんな意味深なことを言っていて、井坂君は不思議そうに顔を歪めていた。
それから私たちはその場を離れ、再度タカさんが無事だったことを喜んだ。
直に山岸さんを目にしていた島田君は本当にほっとしたようで、タカさんを前にちょっと涙ぐんでいた。
そんな島田君を見てタカさんは謝りながらどこか嬉しそうにしていた。
私はなんとなく二人の間の空気が変わったように感じたけど、私が首を突っ込んでも良い方向へ転んだ試しがないので見守ることにした。
井坂君は赤井君と真剣な顔で話をしていて、私は入っていける雰囲気じゃなかったので黙って話が終わるのを待った。
その間何も言い返さなかったジュンさんの横顔を思い返して、本当に終わったのか少しの不安が胸を掠めた。
井坂君の前ではあんなに強く言い返していたジュンさんが、赤井君からの脅しにすんなり引くだろうか…
結局山岸さんには会えてないわけだし…
すぐに安心するのは早いような気もする
私はふっと息を吐くと、二度と会うことのないよう強く願ったのだった。
***
その日の夜、私はどっと疲れが出てしまったのかお風呂に入った後ベッドに突っ伏してうとうとしていた。
するとそこにお風呂から上がったばかりの井坂君がやってきたようで、私の傍に座ったのが気配で分かりうっすらと目を開けた。
「詩織、眠い?」
「うん…、ちょっと疲れた…かも。」
「だよな。じゃあ、もう寝るか。」
井坂君は立って電気を消してくれたようで、視界が暗くなったことに一瞬昨日の事を思い出して飛び起きた。
そして目を凝らして自分の部屋だと認識するとほっと息を吐き出す。
それを見られていたのか急に井坂君に抱き締められる。
「詩織…、怖い?」
井坂君の温もりに癒されて全く怖くなかったので「大丈夫だよ。」と返すと、井坂君にほっぺたをつねられた。
「嘘つくなよ。強がってるだろ。」
「そんなことないよ。井坂君に癒されてるから平気。」
そう答えると井坂君の指が頬から離れて、両手で顔を包まれる。
「あのさ…。」
「うん。」
「明日から…ちょっと昼間から夜にかけて出かけるから一緒にいられないんだけど…、いい?」
「出かけるって…どこに?」
私はどこに行くのか気になって尋ねると、井坂君は難しそうな顔で「観光…かな。」と言う。
何か隠されてるのをひしひしと感じたけど追及したところで絶対言わないと思ったので、自分の正直な気持ちだけ伝える事にした。
「分かった。一緒にいられないの寂しいけど我慢する。」
「詩織…。」
「私が寂しいって思ってること覚えておいてね?」
井坂君はふっと微笑むと「分かった。」と言って優しくキスしてくれたのだった。




