6、相対する
井坂視点です。
美味しそうにパンケーキを頬張る詩織を見ながら、俺は詩織の気持ちを救い上げられたことにほっとした。
必死にすがりついてきた詩織の様子で、昨日のあいつがここに来ていると察した。
俺個人の気持ちは今すぐにでもひっ捕まえて警察に突出したいところだけど、怯えている詩織を一人置いていく事なんてできない。
俺は詩織を守りたい一心で今できる一番の方法を考える。
そんなとき目の前を焦った様子の島田が通り、俺は島田を目で追った。
そうして島田を見ていると俺の視線に気づいたのか島田がこっちを向き、目を大きく見開いて俺の事を指さしてきた。
「見つかった。」
俺は驚いている島田の表情が面白くてつい口にしたら、詩織が「え?」と食べている手を止め俺の視線の先に目を向けた。
島田は俺と詩織を交互に見ると、少し躊躇ってから店内に駆け込んできた。
「お前、なんでここに!!」
俺たちの座っている席の傍に来るなり島田が興奮したように言って、俺は鼻で笑ってから「落ち着け。」と返した。
「クリスマス前だから詩織に会いに来たんだよ。お前こそ何慌ててたんだ?」
俺の問いかけに島田が思い出したように詩織に目を向ける。
「そうだ!八牧さんどこにいるか分かる!?今、探してて…。」
「タカさん?―――――――もしかして…、何かあった?」
詩織は心当たりがあるのか不安そうにしている。
俺はことの全貌が見えず二人の様子を見守る。
「さっき、あの…例の男を見たんだよ。えっと、確か山岸って名前の―――」
「え!?その人ってタカさんが合コンのときに絡まれた…。」
「そう!そいつ!!校内をウロウロしてたから気になって」
そこまで聞くなり詩織が急に立ち上がったので、俺は慌てて詩織の腕を掴んで止めた。
「詩織!」
「タカさん探さなきゃ!!タカさんに何かあったら私―――」
詩織は今にも泣き出しそうに顔をしかめると掴まれていない方の腕で顔を隠す。
俺はただ事じゃないことを察すると、島田に事情を話すよう促した。
「何の話なんだ。話せ。」
島田は深く息を吐くとケータイを握りしめて「八牧さんを探しながらでいいか。」と言ったので、俺は頷くと店の支払いだけ済ませ、詩織を連れて店内を後にしたのだった。
***
島田は構内を早足で歩きながら、今までの経緯を説明してくれた。
詩織が間違えて行った合コンに八牧もいて、その場にいた山岸という男にホテルに連れ込まれそうになったこと。
なんとか逃げ帰れたものの詩織が横浦準太に襲われかけた昨日、八牧も似たような目にあっていたこと。
「昨日は谷地さんからのメール見て、校門のところで言い争う二人を見つけられたからなんとかなったんだ。」
島田は辺りを見回しながら話を続ける。
「八牧さんも昨日はしつこい奴って笑ってたけど、身体が少し震えてた。当然だよな。しつこく言い寄られて怖くないはずない。だから気を付けて見てないとって思ったんだけど…。まさか、昨日の今日で現れるなんて思わなくて。」
「なるほどな。」
俺は流れを理解すると、八牧には悪いが詩織が今俺の隣にいることに安心してしまった。
詩織と繋いでいる手を強く握りしめて確認する。
大丈夫
詩織はここにいる
そうして何とか気持ちを落ち着けると、島田に詩織にあったことを話すことにした。
「詩織も昨日横浦ってやつに襲われかけたんだ。」
「は!?襲われかけた!?」
島田は一瞬足を止めかけたけど、歩調を戻す。
「そう。昨日はたまたま俺がこっちに来てたから寸でのところで阻止できたけど、来てなかったらと思ったら肝が冷えたよ。」
「そりゃそうだろ。まさか谷地さんまでそんなことになってたなんて…。無事で本当に良かった。」
島田が本当に安心したように言うと、詩織が困ったような顔で言った。
「うん。井坂君が来てくれて本当に助かった…。でも…タカさんは…」
「大丈夫。賢い八牧さんのことだからきっと逃げてるよ。だから山岸の奴はウロウロしてたんだろうし。」
「……そうだといいんだけど…。」
詩織は不安なのか俺の手を強く握り返してきて、俺は詩織を安心させるためにも八牧を見つけようと周囲を細かく見回した。
そのときケータイで電話しながら歩いてくる男に目が留まり、顔を確認した瞬間昨日の光景がフラッシュバックした。
暗がりの中でも忘れもしない人の良さそうな顔。
今すぐにでも殴り倒してやりたい気持ちを抑えながら横浦を睨み付ける。
俺は詩織を背に庇うと島田に合図した。
「もしかして、あいつ?」
「あぁ。あいつならその山岸ってやつの居場所知ってんじゃねぇか?」
「そうか。」
ふと詩織の様子が気になり振り返ると、詩織の怖がっている表情を目にして言おうとしていた言葉がひっ込んだ。
それを見た詩織が俺の手を両手で掴んで少し震えながら言った。
「大丈夫。井坂君が一緒なら大丈夫。」
明らかに強がっている詩織に迷ったけど、ここは今後の詩織のためにも行くしかないと覚悟を決めた。
「詩織、絶対俺の手を放すなよ。」
「うん。」
俺は島田に目配せするとゆっくり横浦に向かって歩を進めた。
そしてその間に昨日の落とし前をどうつけさせるか考えを巡らせる。
「島田、お前あいつの持ってるケータイ奪え。」
「―――分かった。」
「俺があいつから話を聞く。」
俺は詩織の手を放さないよう握り直すと、横浦の前で立ち止まり声をかけた。
その瞬間島田が電話していた横浦の手からケータイを奪う。
「よう。昨日ぶりだな。」
俺の姿に気をとられた横浦は島田にケータイを奪われ取り返そうとしていたが、俺が間に入った事で俺を見上げて大きく目を見開いた。
「お前…もしかして…。」
「今思い出したのかよ。こっちは一秒たりともてめぇの面忘れなかったってのによ。」
横浦は俺の背後にいる詩織に気が付くと馴れ馴れしく「詩織ちゃん。」と言って、その瞬間弾かれた様に俺の手が横浦の胸倉を掴んだ。
「名前で呼ぶんじゃねぇよ。つーか、昨日のこと警察に通報することだってできんだからな。分かってんだろうな?」
「はぁ!?そっちこそ何言うてんねん!!彼氏いいひんて聞いて、男心弄ばれたんはこっちやで!!可愛い顔して怖い女や思てたところや!」
「あぁ!?弄ばれたぁ!?」
「かっ、彼氏がいるってちゃんと言った!!弄んでなんかないから!!」
後ろで震えていた詩織が急に言い返してきて、頭にきたのか横浦が詩織を睨みつけてきた。
「だったらもっと嫌そうな顔せぇや!!俺に言い寄られて満更でもなさそうやったやろ!!」
横浦に怒鳴られた詩織が背後でビクッと震えたのが分かって、俺は今にもボコってぐっちゃぐっちゃにしてやりたかったがなんとか堪える。
「………てめぇ、モテねぇだろ?」
「あ?」
俺は怒りを抑えながら横浦を観察してプライドが高そうな相手だと思い、そういう奴が一番言われたくないだろうことを口にした。
「相手が嫌がってるかどうかなんてな相手の顔見て話してればすぐ分かんだよ。それが分からねぇなんてモテねぇ自己中男の典型だろうが。そんなだから合コン行ってもクリスマスまでに彼女できねーんだよ。」
「てめぇ何様や!!俺は天下の西皇大のエリートやで!?そんな俺様に向かってようそんな講釈立てられんなぁ!?」
怒りで真っ赤になった横浦は自分の胸を叩いて声を荒げる。
なるほどな…
学力コンプレックスか
俺は横浦を短時間で推察すると、完膚なく叩きのめすための策を考えた。
こういう奴には現実見せねーとダメかもな。
俺は今パッと良い策が思い浮かばなかったので、とりあえず横浦への復讐を後回しにすることにして、聞きたかったことへ話を戻すことにした。
「西皇大ね。もしかしてお前の連れも西皇大のやつか?」
「あ?なんや、山岸のこと言うてんのか?」
「あぁ、そいつ。お前そいつと一緒にここに来たんじゃねぇの?」
「なんでそんなことお前らに言わなならんねん。」
横浦は話が変わったことに違和感を感じたのか、急に俺と島田をキョロキョロと見始める。
「いや、詩織から昨日は二人が一緒だったって聞いてたから、今日は一緒じゃねぇんだなと思っただけだけど?」
「あー、まぁここには一緒に来たけど。どっか行ってもうたからさっき電話してた―――って、お前俺のケータイ返せや!」
やっと盗られたケータイのことを思い出したのか島田に手を伸ばし始め、俺は連絡がとれる状況だと聞き島田に目配せしてから横浦を掴んでいた手を上に上げた。
息苦しくなった横浦が俺の手を叩く。
「俺らさ、八牧さん探してんだよな。彼女が見つからないことにその山岸が絡んでると思ってんだけど、そいつの居場所聞けるんだよな?」
「ふざけんな!ダチのこと売れるわけっ―――」
「島田、警察。」
俺が島田に指示すると、横浦は「やめ!!」と暴れ出す。
「お前らこんなことしてお前らの方が警察もんやで!こっちには何の証拠もないけど、お前らにはたくさんの目撃者がおるんやからな!!」
横浦は苦し紛れにそう言い放って、俺はちらと初めて周囲を見た。
遠巻きにこっちに注目する学生が何人かいて、こいつの言ってる事もあながち間違ってないことにどうするか考え込む。
傍から見ればこれは明らかに恐喝ものだ
目撃者も複数いるし、考えが甘かった
俺はとりあえず手を放さなければヤバい流れになるかもしれないと、横浦からゆっくり手を放した。
解放された横浦は乱れた服を直しながら勝ち誇ったように笑うと、ちらと俺の背後にいる詩織に目を向けた。
「とんだ暴力彼氏がおったもんやで。桐來レベルには似合いやわ。どうせ低レベルな大学行ってるボンボンなんやろ。俺がちょっとでも相手にしてやっただけ有難いと思えや。」
俺たちを見下した言い方に腸が煮えくり返りそうになったが、手を出してしまっては負けになると必死に我慢した。
詩織も同じ気持ちなのか俺の背後で震えているのが伝わってくる。
横浦は言い返さない俺たちに満足したのか島田に「返せや。」と手を差し出していて、島田がちらと俺を見て返すのをしぶっていた。
俺としてもすんなり返すのは癪に障るのでなんとかならないかと考えていたら、横から思いもよらない男の声が割って入ってきた。
「おいおい、お前ら何やってんだ~?めちゃめちゃ注目されてんぞ?」
「赤井。」
へらへら笑いながら乱入してきたのは久しぶりに見る赤井で、赤井は隣に八牧を連れていてその場にいた俺たちはそろって彼女の名前を呼んだのだった。




