5、夢のよう
詩織視点です。
怖い目にあった翌朝――――
ゆっくり目を開けると目の前に井坂君の横顔が見えてぎゅっと胸が詰まった。
井坂君がいる
たったそれだけのことが夢みたいで、私は何かをじっと考え込んでいる井坂君を見つめて涙が出そうだった。
昨日、もうダメかもしれないと思ったときに現れた井坂君。
突然のことに驚いたけど、必死に私を守ってくれる姿が映画のスーパーヒーローみたいだった。
だから幻なんじゃないかと思って、ジュンさんを追いかけて消えてしまったのが不安で怖かった。
でも井坂君は戻ってきてくれて、優しく抱き締めてくれてすごく安心した。
井坂君がいてくれることが、こんなにも心強いってことを久しぶりに感じた。
井坂君が来てくれて本当に良かった
言葉にし尽せない『ありがとう』の気持ちを胸にいっぱい溜めこむと、険しい顔をしている井坂君に手を伸ばした。
「井坂君。おはよ。」
「―――あ、おはよ。詩織。」
井坂君はハッと我に返ると私の大好きな笑顔を見せてくれて、私は両腕を伸ばして井坂君の頭を引き寄せた。
そうしてぎゅっと抱きしめて井坂君の温もりに癒される。
幸せ~
そうして幸せに浸っていたら服の中に井坂君の手が入ってきて、思わず抱えていた手を放した。
そして井坂君の手を遮るように服を押さえる。
「いっ、井坂君っ!」
「ははっ!詩織が朝からそんなことしてくるからOKなのかと思った。」
井坂君はそう言うと私の頬にキスしてきて、にやっと笑った。
「でも夜は我慢したんだし、いいよな?」
「えぇっ!?で、でも、私大学が!」
「大丈夫。間に合うようにするから。」
「!?!?」
井坂君は私の反論なんか聞き入れるつもりはないようで、私は結局いつものように流されてしまうのだった。
***
その後、大学に向かう道すがら隣を歩く井坂君を盗み見ながら、何も変わってないことにふっと笑みが漏れる。
昨日はスーパーヒーローだったけど、今日はいつもの井坂君で私の彼氏。
ヒーローじゃなく、一人の男の人。
私は何故かそれが嬉しくて顔が緩むのが止められない。
井坂君はそんな私に気づいて不思議そうにしていたけど、私はそんな井坂君の表情ですら愛しい。
井坂君に会うのが久しぶりだからかもしれない
井坂君がいつもキラキラ光って見えて、世界が明るくなったみたいに感じる
井坂君が傍にいるだけで大丈夫
私はただ幸せで仕方なかった。
そうして幸せを感じながら大学まで来ると、井坂君は構内にあるカフェで時間を潰してると別れることになった。
その後ろ姿を見送って一気に現実に戻された瞬間、私は昨日から放置していたケータイを鞄から取り出した。
ケータイには二件メールが来ていて、私は慌てて確認する。
一件目は島田君で内容はタカさんは無事だから安心してくれとのことだった。
私はそれにほっと安堵して顔が綻ぶ。
タカさんも私のようになってたらと心配だったけど、何事もなかったようで良かった
気持ちが軽くなってもう一通のメールを確認するとタカさん本人からで、内容は島田君と同じものだった。
大丈夫だから心配しなくていいとのことと、逆に私のことを心配する文面が付け足されていた。
もう、タカさんは私の心配ばっかり
私はふっと笑ってしまうと、二人に井坂君に助けてもらったことを重くならない文面で返事を出したのだった。
***
連続で3つの講義を受け、井坂君の待つカフェへと足を進めながら時間を確認すると15時を回っていることに気が急く。
井坂君と一緒にいられる時間を一秒でも無駄にしたくない
少しでも長く一緒にいたい
私はその思いだけで向かう足取りが自然と速くなる。
そうして少し息を上げながら向かっていると、中庭を抜けた先の校門に嫌な姿を見つけてしまい息が止まった。
そこにいたのは昨日と変わらず飄々とした様子のジュンさんで、私はぞわっと悪寒が全身を包んだ瞬間足が竦んだ。
逃げたいのに足が震えて動かない
息は浅くなり胸が苦しい
気づかれる前に早くこの場所を離れないと!!
私はぎゅっと目を瞑ると手を握りしめて無理やり身体を動かした。
大丈夫と自分に言い聞かせながら、まっすぐ井坂君の元へ―――――
必死の思いで井坂君の待つカフェまでくると、ウィンドウ越しに井坂君が見えて店内に駆け込むなりケータイをいじっていた井坂君の腕を掴んでしゃがみ込んだ。
「!?えっ!?詩織!?」
井坂君は驚いていたけど、私は井坂君の腕を掴む手を震わせ荒く浅い呼吸を繰り返すことしかできない。
すると井坂君は私の様子だけで何かに気づいたのか、立ち上がってどこかへ行こうとしたので、私は一人にしてほしくなくて掴んでいた腕を引っ張って止めた。
「ま…待って。行かないで…っ。」
「――――でも、詩織…。」
「今はっ…一人にしないで…。」
手に力をこめて懇願すると、井坂君は分かってくれたのか私の目の前にしゃがんで言った。
「詩織、キャンパスデートするか。」
「――――え?」
何の脈絡もない井坂君の提案にびっくりして、私は力が抜ける。
井坂君はふっと微笑むと説明してくれる。
「朝からずっとここにいたらさ、色んなカップルが中庭を手繋いで歩いてたり…このカフェで仲良く肩つき合わせて喋ってたり…。詩織と同じ大学だったらこういうことできんのか~って、ちょっと羨ましくてさ。今日せっかくここまで来たんだから、俺もやりたいなって思って。どうかな?」
井坂君と…大学内でデート…
私は高校のときに思い描いていた未来そのものだと思い、気持ちが一気に明るくなり勢いよく返事する。
「うん!!したい!キャンパスデートやりたい!」
「よっしゃ。じゃあ、まずはこっち座ってくれよ。」
井坂君は嬉しそうに笑ってさっきまで座っていた席に座ると、隣を示してきて私はそれに倣って腰を下ろした。
並んで座った席は目の前がガラスで中庭が見通せて、よく外からカップルが並んでるな~と見ていた場所だと気づいた。
まさか自分が井坂君と座る側になるとは思わなくて、胸がドキドキと躍りだす。
「詩織、腹減ってないか?何か頼む?」
井坂君はメニューを手に広げてくれて、私は受け取るとメニューに目を通した。
そして時間も時間なので手早く食べられそうなパンケーキを頼むことにした。
「うん。これにする。」
私がメニューを指さしてそう言うと、井坂君はさっと店員さんを呼んで注文してくれて、スマートな頼もしさにどこかこそばゆくなる。
井坂君が私の彼氏です!って自慢して歩きたい気分
さっきまでのことをすっかり忘れ去った私は、今ある幸せに浸って顔が緩んでしまう。
すると横から頬をぶすっと指で突き刺され、何が起きたのかと突き刺されたまま顔を横に向ける。
そこには悪戯っ子のような笑みを浮かべた井坂君が更に指を突き刺してきて、顔が変な感じに窪む。
「なにするの?」
「――っ、ははっ!だって、コロコロ表情変わるから面白くてさ。つい。」
「ついって…、痛いよ!」
私が同じことをやり返すと、井坂君は素早い反射神経で避けてしまう。
「なんで避けるの!」
「あははっ!!」
井坂君は笑いながら右に左に避けてしまって、私は一方的にやられ続けることに気分がよくない。
でもこうしてふざけながら笑い合えることが幸せで、怒りながらも楽しくて仕方なかったのだった。
長らくお待たせしました。
また少しずつ進めていきます。




