3、遭遇
詩織視点です。
「しおりん、横浦さんに何を言ったの?」
合コンに参加した次の日、タカさんと会うなり開口一番にそう訊かれ、私は横浦さんが誰か分からず首を傾げた。
「え…っと、誰?」
「昨日の合コンでしおりんを送っていった人。」
「あぁ!あの人!」
私はきつい関西弁のジュンさんを思い出して、ふと一つのことに思い当たった。
「あ、もしかして彼氏いるって言ったの怒ってた?」
「そんなこと言ったんだ。」
タカさんが呆れたように小さくため息をついて、私はやっぱりまずかったかと肩を縮めた。
「怒るのとは違うんだけどさ、なんかしおりんに興味持っちゃったみたいで、無理やりアド交換させられたんだよね。これしおりんに伝えてって言われたんだけど、消去しとくよ?」
タカさんは私の返事を聞く前にケータイから連絡先を消したようで、面倒くさそうに鞄にケータイを放り込んだ。
「なんか…ごめんね?タカさんは昨日大丈夫だった?」
「正直二度と参加したくはないかな。」
「え!?な、何かあったの!?」
私は自分が帰ってしまったことでタカさんにしわ寄せがいったのだろうかと思っていたら、タカさんの表情が今までになく嫌そうに歪んで肝が冷える。
「横浦さんもだけどさ。もう一人山岸ってノリの軽そうな奴がいて、帰りにホテルに連れ込まれそうになったんだよね。」
「えぇっ!?」
「あ、もちろん股間蹴って帰ってきたんだけど。あんな反吐が出そうな人間と会ったの初めてで、気分悪くってさ。」
私の想像を軽く超えていく内容に今にも卒倒しそうで、私は息をするのも忘れていた。
「今まで井坂くんとか赤井君とか島田君とか…瀬川君とか。男気のあるメンツとしか接してこなかったからビックリして…。あーいう人間の底辺みたいなの、できるなら二度と接したくないって思った。ある意味、いい勉強になったって感じ?」
普通に笑顔を作って言うタカさんが無理してるように見えて、私はやっと息を吸いこむと目の端がじわと熱くなった。
「ごめんっ!!タカさん!私、そんなことになってるなんて知らなくて…。タカさんも私と同じで合コンなんて初めてだったのに…。」
「気にしなくていいから。帰るように促したの私だし。あ、そういえば井坂君にはちゃんと謝った?」
タカさんは私の事ばかり心配してきて、私は涙を堪えながら胸が詰まった。
「謝った…。井坂君、ちゃんと許してくれたよ…。でも、タカさんがそんなことになってるなら私―――」
「いいんだってば!何もなかったんだし。しおりんは気にしなくていいの!!あの二人にはもう二度と会う事もないんだし。ね?この話はもうおしまい!!」
タカさんは強制的に話を終了させると「行こ行こ!」と教室へ向かって歩き出して、私はタカさんの強さに涙をのみ込んだ。
そしてもう二度とタカさんにこんな不運が舞い込まない事を切に願ったのだった。
――――が、その願いも虚しく、クリスマスをあと一週間と残したある日。
いつものようにバイトに向かおうと大学を出たところで呼び止められた。
「あ、詩織ちゃんやっと来た。」
!?!?
大学の校門を出た所で待ち伏せしていたのは例の合コンで話した横浦準太さん。
それにもう一人、鋭い切れ長の目に茶髪にピアスの軽薄そうな雰囲気の男性が一人。
「あれ?一人なんや?あのクールビューティーの八牧さん?やったっけ?彼女は一緒とちゃうん?」
「え、あ。あの…、一体何のご用ですか?」
私は困惑しながらなんとか声を絞り出すと、きょとんとした顔のジュンさんが言った。
「あれ?八牧さんから俺の連絡先聞かんかった?連絡来るんずっと待っとったんやけど。」
「え?連絡先って…。私…彼氏いるって―――」
「あー、聞いたけどさ。それ嘘なんやろ?」
「へ!?」
嘘という意味が分からず放心していると、ジュンさんは調子よく続ける。
「こないだ一緒に来てた子達に聞いたで?詩織ちゃんに彼氏なんかおらんって。見たこともないし、嘘ちゃうん?って。せやから、クリスマス一緒に過ごしたいな~思て、こうして誘いにきたんやんか。」
………えぇ~………
一体どの子が彼氏がいないと言ったのか気になりながら、私はきちんと説明しなければと口を開いた。
「あの、彼氏は本当にいます。遠距離でなかなか会えないですけど、嘘じゃないんで。だからクリスマスはお断りします。ごめんなさい。」
「俺とクリスマス過ごしたないからってそんな架空彼氏作らんでもええやろ~?俺の印象悪かったんかもしれんけどさ。俺、ほんま優しいで?彼女になってくれたらめっちゃ大事にする。これは胸張って約束できるわ。」
「いや、あの。彼氏は本当にいるので―――」
「詩織ちゃんって案外しつこいなぁ~。ほな、一回デートしよ!な!!」
ジュンさんは手を掴むと強引にどこかへ連れて行こうとするので、私はびっくりして足を踏ん張りながら声を張った。
「あの!!今日はバイトがあるので!!」
私の言葉に力が少し緩むと、ふと何秒か考えたジュンさんが言った。
「ほなバイト終わるまで待ってるから、メシ食いに行こ。ええとこ知ってるから。」
「え!?あのそれは―――」
「メシぐらいええやろ?バイトってどこなん?」
~~~~!!!!
終始ジュンさんペースで私は二の句が次げないまま手を引かれてしまう。
ジュンさんは「ほなな~。」と一緒に来ていた男性に手を振っていて、私はその人に振り返りながらふとあの人がタカさんの言っていた山岸さんかと思った。
そうだったとしたら、タカさんも私と同じようになる嫌な予感がして、自分のことよりもタカさんのことが気になってしまったのだった。
それから流されるままにジュンさんにバイト先まで知られてしまい、私はどっと疲労感に襲われながら従業員控室でへたり込んだ。
疲れた…
ジュンさん、バイト終わりに迎えに来るって言ってたけど本当かな…
あの感じだったら、きっと本当に迎えに来るよね…
どうしようかな…
私は断固としてご飯なんか行けないと思い、店長に頼んで閉店間際まで働かせてもらおうかと考えた。
運が悪い事に今日は赤井君とシフトがかぶっていない。
彼がいたらどれだけ頼もしいか…
いや、頼り過ぎるのもよくないんだけど…
私はとりあえず赤井君のことは置いておいて残業させてもらうことに決めると、タカさんのことが気になりケータイを手に取った。
そして電話をかけるけど呼び出し音が鳴るだけで一向に繋がらない。
私はずっと嫌な予感がして、今度は島田君に電話をかけた。
でも島田君も繋がらなくて、私は最後の望みをかけようと彼にメールをすることにした。
内容はもちろんタカさんのこと。
合コンの経緯から今日の出来事、タカさんに及ぶかもしれない危険を長文で送信した。
島田君ならきっとなんとかしてくれる。
私は最近仲の良い二人を目にしていたので、彼にすべてを託した。
そして、次は自分の番だと大きく息を吸いこむと、店長のいる部屋へ足を向けたのだった。
***
店長に無理を言って閉店作業時間まで残してもらった私は、さすがにこんな時間まで待ってないだろうとスーパーの裏口から出た。
そこで信じられない姿に悪寒と共に足が竦んだ。
「あ、やっと終わった?もしかして今日残業だったん?」
暗い通りの街灯の下、ちっとも待たされた様子もなく笑顔で近寄ってくるジュンさんに、私は怖いものを見た気分で呼吸が浅くなった。
うそ…うそ…
今…、だって23時回ってるんだけど…
一体何時間ここで…
私は恐怖で身体が震えてきて、どうしようと半ばパニックだった。
「さすがにこの時間からご飯は行けへんしなぁ~…。そや、嫌じゃなかったら俺ん家で手料理ご馳走すんで!こんな時間まで働いて腹減ってるやろ?」
言葉優しく自然と手を繋がれそうになって、私はハッと我に返ると数歩後ずさって声を絞り出した。
「あ、あの…今日は疲れてるので…帰ります。すみません。」
私はなんとかそう伝えると走ってその場から逃げ出した。
しかし後ろから「危ないで、送るわ!」と追いかけてくる声がして、私はあなたの方が危ないとは言えずペースを上げて走った。
幸いバイト先と家は徒歩10分ほどなので、走ると半分ぐらいの時間で家が見えてくる。
それにほっとしてペースが落ちた瞬間、背後から腕を掴まれて引っ張られるように足を止めた。
「ちょお、逃げるんはひどいやろ?詩織ちゃんと話すために何時間待ったと思てんねん。」
「そっ…!!そんなこと頼んでません!!お願いだから、放してっ!」
私は振りほどけないことに泣きそうになりながら、掴まれた腕に力を入れた。
ジュンさんは詰め寄ってきながら、悪びれる様子もなく訴えてくる。
「そんな声上げんでもええやろ?俺が不審者みたいやんか。俺が詩織ちゃんに何したっていうんや?」
「お願いだからっ、やめてっ!!放してっ!!」
私はジュンさんを押し返しながら何とか逃げ出す方法を考えてギュッと目を瞑っていたら、ふと耳に誰かが走る足音がして、助けを求めようと息を吸いこんだ。
「たっ―――」
「てめぇっ!!何してんだっ!!!」
『助けて』と声を発する前に掴まれていた腕が解放されて目を開けると、目の前に見覚えのある背中と地面に横たわるジュンさんの姿があった。
うそ―――――
私は涙で視界がぼやけながらも見間違うはずのない井坂君の背中に、ただ信じられなくて声を失ったのだった。
タイミングよく登場です(笑)




