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理系女子の恋~大学生編~  作者: 流音
act2:報われない恋<貴音、新>
16/40

8、変化

八牧貴音視点です。





八牧さんの告白を聞いてから一カ月が経とうとしていた頃――――

俺は頭の隅にずっと二人のことが引っかかったまま、モヤモヤする日々に欝々としてきていた。


八牧さんはちゃんと告白できたのだろうか


告白できていたとして悲しい思いを引きずっていないだろうか

瀬川からひどいことを言われたりしなかっただろうか


ダメだ…

重く考え過ぎるなって言われたけど、気になって考えるのやめられねぇ!!


他人のことが気になってしまう性分から、俺はまるで自分のことのように気が滅入りかけていた。

そんなとき、ふっと聞き覚えのある声が耳に入り、足を止めてその方向に目を向けると、講堂から谷地さんと八牧さんが並んで歩いてくるのが見えた。


俺はいつも通りの二人の様子を見て、谷地さんがいる前では流石に聞けないな…と声をかけるのを諦めたら、俺の姿に気づいた谷地さんがこっちに向かって手を振り駆け寄ってきた。


「島田君!なんだか会うの久しぶりだね。ちょっと前まで毎日のように写真撮ってたのに、急に会わなくなったからどうしてるのかと思ってた。」


谷地さんからの何気ない世間話に、井坂からのしつこい連絡がいつの間にか途絶えていたことに気づいた。


「俺は相変わらずだけど…、えーっと…谷地さん、井坂とは連絡とってる?」

「え、井坂君?あ、そういえば島田君には言ってなかったんだけど…」


谷地さんはそこで一呼吸おくと、嬉しそうに笑顔を見せてから驚くことを口にした。


「実は井坂君が会いに来てくれたんだ!!」

「――――………え!?会いにって…、ここに!?」


俺はいつの間にか井坂がこっちに来てたとは思わず、声が裏返りながら訊き返すと、谷地さんは緩みっぱなしの幸せそうな顔で「うん。」と頷いた。


「はー…、それは知らなかった…。あ、もしかして、それって一カ月ぐらい前?」

「よく分かったね。正確には三週間くらい前だけど、なんか教授の講演会?についてきたついでって言ってたから、すぐ帰っちゃったんだけどね~。」

「へぇ…、ついで…ね。」


ついでどころか谷地さんに会うのがメインで講演会の方がついでなのでは…と思ったけど、井坂から連絡が来なくなった理由がこれに起因していると分かり、相変わらず分かりやすい奴だと呆れる。


「あ、私は赤井君や島田君にも会っていったら?って言ったんだけど…、その…時間いっぱいまで…ウチにいてくれたから…。」


谷地さんは照れ臭そうに笑いながら「遅い事後報告になっちゃって…。」と言っていて、俺はまぁそうなるだろうとつられて笑みが漏れた。


「気にしないでいいよ。まぁ、あいつなら谷地さん優先させることぐらい分かってるからさ。」

「あはは…、嬉しいんだけど二人にはホント申し訳なくて…。赤井君なんか怒っちゃって、毎日嫌がらせのように電話してるみたいで…。」

「はははっ!!赤井ならやりそうだな。あいつ谷地さんに次ぐ井坂信者だからさ。しばらく電話ラッシュしてそう。」


相変わらずの二人の話に久しぶりにお腹が痛くなるぐらい笑っていると、ふとずっと黙ったままの八牧さん

に意識が向いた。

八牧さんは微笑んではいたけどあまり元気そうには見えなくて、その姿から瀬川とのことを察した。


なら今は谷地さんの手を借りて、バカ話してるぐらいが気が紛れるだろう。


そう思い井坂と赤井の話を続けようとしたら、今まで黙っていた八牧さんが口を開いた。


「しおりん。この後バイトじゃなかった?今日は早めに行かないとって言ってたよね。」

「わ!そうだった!!先輩に品出し手伝ってほしいって言われてて…。」


谷地さんは八牧さんからの指摘に慌て出すと、俺と八牧さんを交互に見て謝ってきた。


「ごめん!ちょっと急ぐね!また色々話しようね!!」

「はいはい。慌ててこけないようにね~!」


八牧さんが茶化しながら見送るのに合わせて「頑張れ~!」と手を振って谷地さんと別れると、八牧さんが俺に振り返って言った。


「大丈夫?」

「へ??」


いつもの冷静な八牧さんの口から出た言葉の意味が分からず首を傾げると、八牧さんはキュッと眉根を寄せた。


「しおりんの幸せオーラ凄かったから…、島田君、キツくなかったのかと思っただけ。平気なら別にいいんだけど。」

「あぁ~…、や、それは全然大丈夫だけど…。」


ん??


「え??もしかして、さっき俺のこと心配してくれてた?」


八牧さんの言葉の意味をやっと理解して聞き返すと、八牧さんは顔をしかめた。


「じゃなきゃ何だと思ったの?私だったら好きな人にあんな顔されたら傷つくなと思って気遣ったのに…。島田君って変なとこ鈍感だよね。」


八牧さんからの気遣いに自分の気持ちが彼女に筒抜けだったことを確信して、少し気恥ずかしい気持ちになったのだけど、俺はふとここで自分の気持ちの変化に気づいた。


あれ…

俺、今…谷地さんのことより八牧さんのことばっかり考えてなかったか…?


呆れるようにため息をつく八牧さんに目を向けて、俺はさっきまでのことをグルグルと考える。


以前までなら井坂を想って笑う谷地さんの姿を見ると、嬉しいんだけどどこか切ない気持ちがあった。

だけど、さっきはそんな気持ちどこかへ消え去ったような感じになってて…

どっちかというと八牧さんを見てる方が切ないというか…


俺がじっと八牧さんを見つめたままでいると、急に八牧さんと目が合い心臓が大きく跳ねる。


「あのさ…、ずっと報告しなきゃとは思ってたんだけど。」


「え―――…へ!?」


声が裏返り変に焦って聞き返したことで八牧さんの顔が少し曇ったけど、彼女は少し視線を下げて話を続ける。


「瀬川君とのこと。ちゃんと決着ケリつけたから。」


淡々とした口調で報告してくれる八牧さんに、俺はスッと自分の焦ってた気持ちが落ち着いていくのを感じた。


「まぁ…、思ってた通りの結果というか…。分かってたから、わりとすんなり納得して消化できてるんだけどね…。島田君には醜態晒してるから…、ちゃんと報告だけはしないと…と思って。」


彼女の隠しきれていない苦し気な無理やりの笑顔に、言葉とは違う気持ちが伝わってきた。


悲しい、辛い、苦しい


八牧さんの姿はまさにそう訴えかけるようだった。

だから俺は彼女から目を逸らし小さく頷いた。


「もう大丈夫だから。だから本当に島田君は気にしないでね。瀬川君と会っても変に気を遣ってくれなくてもいいから。普通にしててね?」


一生懸命気持ちをひた隠しにする姿に、俺は胸が痛みながら笑顔で頷くしかなかった。


「分かった。」


俺の返事を聞いた八牧さんは少し安心したように微笑んで、くるりと踵を返した。


「ありがとう。ちゃんと報告できてスッキリした。あ~、これから何か楽しみ見つけなくちゃなぁ~。」


明らかな強がりを見せる彼女の後ろ姿に一瞬腕が伸びかけて、俺は自分の無意識の行動にビックリして制止をかけた。


は!?

なんだこれ!!


自分で自分の手を叩き落とし、頭を抱えて自問自答する。


落ち着け!!

これは…あれだ!!同情だ!

俺と境遇が似過ぎていて、変な仲間意識からくるものだ!


間違っても八牧さんを女子として見てるとかじゃなくて…


「島田君!」

「!?」


急に声をかけられ抱え込んでいた手を放し顔を上げると、八牧さんが俺を指さして言った。


「ふふっ、今ちょっと焦ってるでしょ~?」

「へ!?」


俺が心の中を読まれたかと顔を強張らせると、八牧さんは得意げに笑った。


「これで片思いこじらせてるの島田君だけだもんね~。さっさと気持ちに踏ん切りつけないと青春無駄にするよ~??」

「なんだ…そっちか…。」


何も見透かされてない事にほっとしていると、彼女の顔が少し歪む。


「そっちってどっち?いったい何にそんな頭抱えてたわけ?」


「え!?いや、八牧さんをどうやって励まそうか…とか??」


俺が彼女の指摘に苦し紛れにそう口にすると、八牧さんから軽く叩かれた。


「大きなお世話だって言ったでしょ!もう、気にしないでって言ってるのに。全然聞いてくれないんだから。」

「あ~…、いや、これは性分で…。」

「しょうがないな~。――――だったら、このあと付き合ってよ。」


「え?」


何か思う事があったのか、八牧さんはそんなことを言い出し表情が少し明るくなっていた。


「私を励まさないと気が済まないんでしょ?だったら、お茶ぐらい付き合って?行ってみたいお店見つけたんだよね~。」

「……別にいいけど…。」


俺は断る理由もなかったのでそう答えると、八牧さんが嬉しそうに「やった!島田君の奢りね!!」と前を歩き出した。

俺は奢りということに一瞬言い返そうかと思ったけれど、元気に振る舞う彼女を見て言葉を飲み込んだ。



まぁ…いいか。

八牧さんの気持ちの整理がつくなら、今は損な役回りだって構わない


これが俺の中に生まれつつある不確かな気持ちからくるものなのか…

今は分からないけど


彼女といる時間は悪くないって、俺の心がそう言ってるんだから流されてみよう



俺は先を歩く彼女の背中を見つめながら、見通しの悪い未来への一歩を踏み出したのだった。










大変お待たせいたしました!

この話で一旦島田、タカさん話を区切ります。

また次は詩織、井坂サイドに戻ります。

拝読ありがとうございました!!

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