7、想定内と想定外
八牧貴音視点です。
島田君に愚痴を聞いてもらってから数日後―――――
私はたまたま大学構内の中庭で、電話中の瀬川君を見かけて足を止めた。
島田君に玉砕宣言してから、私は自分の気持ちが揺らがないよう瀬川君と早く接触をとろうと思っていたんだけど…
いざ行動に移すとなると勇気が出なくて、瀬川君に連絡すら取れなくなっていた。
でも今なら偶然見かけた勢いで声をかけられるかも―――と、私は一呼吸してから瀬川君に足を向けた。
そして勇気を出して声をかけようと思った矢先、電話していた瀬川君の口から私に二の足を踏ませる言葉が飛び出した。
「何変に疑ってんだよ。ナナは特別だから信じろよ。」
瀬川君は少し顔を紅潮させながら嬉しそうにしていて、電話相手との仲が上手く進展していると思わせる姿だった。
私はそんな彼を見て開けかけた口を閉じると、その場で少し俯いた。
木崎さんと上手くいってるんだ…
だったら…、私のこんな気持ち伝えるのは迷惑になるよね…
何日かかけて覚悟を固めたはずだったのだけど、まだまだ覚悟は決まってなかったようで、私は小さな勇気が胸の奥で消えていくのを感じた。
そしてギュッと目を瞑って立ち去ろうと踵を返しかけたとき、ふっと目の前に苦し気な表情の島田君が見えて足を止めた。
『八牧さんならできる』
島田君は私の耳にその言葉だけ残し消えてしまい、私は幻覚が見えたことに身体が固まった。
何度か瞬きを繰り返して状況を脳内で整理する。
なんで島田君の幻覚が…
そんなに私追い詰められてる??
幻覚にまで励まされるとか…
相当ヤバいな…
私はその場でふーっと大きく息を吐き出すと、私以上に苦しそうな顔をしていた島田君の事を思い出して、少し気持ちが前に傾く。
報告するって言った以上、やるべきことはやらなくちゃ
私は気合を入れ直すと、背を向けていた瀬川君に向かって再度踵を返す。
そして、ちょうど電話を終えたらしい瀬川君に声をかけた。
「瀬川君!」
「あ、八牧さん。」
瀬川君は私に気づくなり嬉しそうな笑顔を見せて、私はその笑顔に胸が鷲掴みにされかけたけど、なんとか昂る気持ちを押さえつける。
「あのね、ちょっと話したいことがあって…、今時間あるかな?」
「話したい事?いいよ。―――――あ、あっち座る?」
瀬川君は中庭にあるベンチを指さしてそう言って、私は座ってる方が注目される事もなく、落ち着いて話せるかもしれないと頷いた。
すると瀬川君はふっと微笑んでからベンチに向かって歩き出して、私はその背に続きながらどういう切り出し方をしようかと考え込む。
「なんか今まで八牧さんとはタイミング合わない事ばっかりだったから、声かけてもらえて良かったよ。」
「え…?」
瀬川君は少し私に振り返りながら話しかけてきて、私は思考を遮られたことに呆けた声が出る。
「この間も俺からご飯行こって誘っておいてナナが来ちゃって流れちゃったから―――。あ、そういえば島田君怒ってなかった?」
「え、怒るって…どうして?」
急に出てきた島田君の名前に驚いて声が詰まる。
瀬川君はきょとんとしながらベンチに座って首を傾げた。
「え?島田君と約束あったんじゃなかったっけ?俺、強引に誘っちまったかと思って反省してたんだけど…違った?」
「あ――――」
私はあの日の事を思い返して、冷汗が背を伝る。
「そう!そうだったね!島田君、全く怒ってなかったから記憶がどこかに飛んでて…。あ、だから、全然大丈夫!!瀬川君が気にすることは何もないから!!」
「そっか。良かった。」
私はナナさんの登場にすべての意識を持っていかれていたので、島田君の機転に助けられたことをすっかり忘れていた。
それを上手く隠せたかは分からないけど、瀬川君はほっとしたように笑っていて、私はそんな彼の横におずおずと腰かけた。
そして瀬川君が作ってくれた話しやすい空気に後押しされながら、私はありったけの勇気をかき集めて瀬川君に話を切り出した。
「あ、あのね!ずっと話したかったことなんだけど!!」
瀬川君の目が私に向くのを感じながら、私は自分の膝の上で拳を握りしめ、それをじっと見つめ続けた。
「もしかしたら…困るかもしれないって思って、今までずっと言えなくて先延ばししちゃってたんだけど…。やっぱり私の中で踏ん切りつけたいから、言わせてね?」
私はここで大きく息を吸いこむとなんとか顔を上げて瀬川君を見つめた。
瀬川君が何か察したのか、大きく目を見開いてビクついたのが視界に入る。
「私、高校で初めて瀬川君と話をしたときから、瀬川君のことが好きだった。」
瀬川君の瞳を見続けるのが怖くて目を逸らしかけたけど、ここで逃げちゃダメだと自分を奮い立たせ彼を見つめ続ける。
「優しくて強くて…、いつもカッコいい姿に憧れて…、それと同時に瀬川君を独り占めできないことに悶々としちゃったり…、たまに…というか…いろんな場面で嫉妬しちゃったり…。自分の中にこんなに色んな感情が渦巻くものなんだって、瀬川君を好きになって初めて気づいた。」
口にしながら高校のときのことを思い出して、少し目の奥が熱くなっていく。
高校のときの私は、自分に恋なんて縁遠いものだと思っていた。
ずっと井坂君を想い続けるしおりんを間近で見てきたからかもしれないけど…
私はしおりんのようにはなれない…というか、なれる気がしないから誰かを好きになるなんてできるはずないと思ってた。
だけど瀬川君と出会って、彼の色んな面を見て知る度にいいなと思うところが増えていって…
瀬川君の力になりたいと思うようになった。
これは今も変わってない。
だったら、私にできることは一つ。
「瀬川君、私にこんな素敵な気持ちを教えてくれて…ありがとう。私…、瀬川君を好きになれてすっごく幸せだった。」
私は目の奥で熱くなっているのものをなんとか押し込めると、できる精一杯の笑顔を作った。
すると今まで口を閉じていた瀬川君が、顔を歪めて焦ったように言った。
「八牧さん、俺もしかして知らないうちに八牧さんの事、傷つけてた?」
「え?」
瀬川君は苦しそうに眉間に皺を寄せてうつむき加減に続ける。
「すっごく嬉しい告白してくれてるのに、出てくる言葉が全部過去形で……なんか…俺に何の期待もしてない感じがして…、嬉しいはずなのに悲しいっつうか…。」
「だって……、それは…。」
私は木崎さんのことを口にしかけたけど、口を噤んでどう言おうかと悩んだ。
すると、その間に瀬川君が頭を下げてきて思考が止まる。
「ごめん…。八牧さんにこんな告白させてるの…、きっと俺のせいだよな…。」
「え…?」
「ナナのこと…知ってるんだよな?」
瀬川君は顔を上げると申し訳なさそうに私を見つめてきて、私は戸惑いながらも軽く頷いた。
「だよな…。俺…、全然気づかなくて…きっと今までひどいこといっぱい―――」
「そっ、そんなことない!!」
瀬川君からの後悔と謝罪に黙ってられず、私は咄嗟に言葉を遮った。
「私、瀬川君を好きになって本当に幸せだった!ただ…――た、確かに、ナナさん…木崎さんのことを想う瀬川君を見て傷ついたことがなかったとは言えないけど…。でも!!ずっと一途に木崎さんを想い続ける瀬川君だから、私は好きになったの!」
私は自分の告白で、瀬川君に負い目を感じて欲しくなくて必死に弁解した。
「今日告白したのは、本当に自分のための勝手な我が儘で…。気持ちを伝えて一歩前に進みたかっただけなの。瀬川君にとったら迷惑な話だと思うんだけど…、だから私なんかのことで―――」
「そんなことない。」
さっき私が口にした言葉が今度は瀬川君から返ってきて、ふと瀬川君を見ると瀬川君の表情が穏やかなものに戻っていた。
「そんなことないよ。俺、八牧さんに好きだって言われて…誰に言われるよりも一番嬉しいよ。今まで生きてきた中で一番…嬉しい。」
瀬川君は私の一番好きな笑顔を浮かべると、照れ臭そうに頬をかきながら言った。
「ありがとう、八牧さん。俺、高校のときから八牧さんに頼ってばっかで情けなかったのに、八牧さんに告白されてちょっと自信ついた。」
「本当にありがとう。」と瀬川君は嬉しそうに軽く頭を下げてくれて、私はいつもの瀬川君の優しさに安堵したのかポロッと涙を零してしまって、慌てて手で顔を隠した。
そしてそれを気づかれたくなくて誤魔化す。
「やっぱり瀬川君はカッコいいね。そういう潔くて真摯なところ、もっと木崎さんにアピールしていけばいいのに。」
「あははっ、そうだよな。勇気出してくれた八牧さんに負けないように俺も頑張らねぇとな~。」
瀬川君は気づいてるか分からないけど話に乗っかってくれて、私はそんな瀬川君に救われながらもしばらく涙が収まってくれなかったのだった。
***
その後、瀬川君は私の涙がひくまで一緒にいてくれて、私はまた瀬川君の優しさに触れて『好き』が募りそうだったんだけど…
気持ちを切り替えるために、瀬川君の『ごめん』という言葉を思い出して気持ちを落ち着けた。
優しい瀬川君に気を使わせないためにも早く気持ちに整理つけないとな…
私はこれから毎日フラれた事実を自分に刷り込んでいこうと気持ち新たに立ち上がると、付き合ってくれた瀬川君に頭を下げた。
「話聞いてくれて本当にありがとう。これで私も前に進めるよ。これからは木崎さんとのこと応援するね。」
「はは、ほんと頑張らなきゃな。八牧さんの勇気見習って…さ。本当にありがとう。」
瀬川君は優しい言葉を返してくれて、私はここで別れる流れかと「それじゃ。」と踵を返したところで引き留められる。
「八牧さん!!俺、八牧さんの気持ち気づかない大バカ野郎だけどさ、それにはちょっとある理由もあってさ。」
「理由?」
瀬川君は言おうか迷ってるような歯痒そうな表情を見せると、一瞬考え込んでから口にした。
「こんなこと言ったら言い訳に聞こえるかもしれないんだけど…、俺、八牧さんには好きな人がいるんじゃないかって思ってて…。」
「??それは、瀬川君の―――」
「いや!!だから俺じゃない奴で!!」
「えぇ??」
瀬川君から意味の分からない告白を受けて面食らうと、瀬川君は言いにくそうに不審な動きをしながら言った。
「やっぱりこれは俺が言う事じゃないよな。ごめん!!大バカ野郎の戯言だと思って聴き流してくれていいから!!」
「へ!?」
瀬川君は私がぽかんとしている間に「それじゃ!」と反対方向に歩いて行ってしまって、私は何のことなのかさっぱり分からなくて、ただその場に立ち尽くしたのだった。
更新が遅くなり、本当に申し訳ありません!!
展開に悩みに悩み時間がかかってしまいました。
今後もスローペースになるかと思いますが、お待ちいただけると嬉しいです。




