6、似たもの同士
島田新視点です。
食堂で瀬川と楽しそうに話す八牧さんを見たとき、俺はずっと疑っていたことを確信に変えた。
高校の三年間―――そして大学に入って半年、八牧さんとはなんだかんだ接する機会があったけど、あんな顔をする八牧さんをあまり見たことがなかった。
というか…、瀬川と一緒にいる姿を見かけたことがなかったから、今の今まで気づかなかった。
八牧さんも谷地さんと同じ恋する女の子で、その相手が瀬川だってことに。
そう理解すると、この間の八牧さんの言動も上手く噛み合う。
きっと八牧さんも俺と同じなのだろう。
彼女の言動を振り返るに、おそらく瀬川には好きな人がいる―――又は彼女がいる。
八牧さんはそれを知っていて…、でも瀬川のことを諦められない。
だから、同じように報われない片思いを続ける俺を見て、イライラするのだろう。
俺は瀬川と一緒にいる八牧さんを思い返して、ぼそっと心の声が漏れる。
「つらいよな…きっと…。」
八牧さんの幸せそうな顔の裏にある我慢し続けてきただろう気持ちを思うと、まるで自分のことのように胸が痛む。
俺だってずっとそうだ…
谷地さんと一緒にいるときはいつもふわふわと浮き足立ったように幸せで…
でも、ふと井坂のことを思い出し我に返る。
いくら谷地さんのことを思い続けたところで、報われることはない
井坂と谷地さんをずっと傍で見続けて、それを痛いほど味わっている
だから今更、谷地さんを振り向かせたいとか思わないのだけど…
『好き』の気持ちは一向に消えてくれなくて…
また同じことをグルグルと考えてはため息が出る。
俺は座っていたベンチで大きく伸びをすると、気分を入れ替えようと立ち上がった。
するとそこへタイミング良く瀬川と一緒に八牧さんが通りがかって、目だけが二人に向く。
八牧さんは隠してはいるものの幸せオーラが漏れる笑顔を浮かべていて、瀬川はそれに気づかず普通に笑いかけている。
あーやって並んで歩いてるとカップルに見えるんだけどなぁ…
俺はなんとなく声をかけられず様子を窺っていると、瀬川が急に足を止めてズボンのポケットからケータイを取り出した。
その後、何やら八牧さんに謝りながら電話に出ている。
そして少し会話したと思ったら急に辺りを見回し始めて、瀬川はある一方向を向いて動きを止めた。
そのとき見るからに嬉しそうに表情が綻んだのを見て、俺は瀬川の視線の先に目を向けた。
その視線の先にいたのは黒縁メガネをかけたクールビューティー美女で、俺はどこか見覚えのある美女に目を凝らした。
その女性は瀬川とどこか気心知れたようにくだけた感じで話し始め、俺は二人の何やら良い雰囲気にまさかという嫌な予感がして八牧さんに目を戻した。
八牧さんは二人を見つめ表情に出さないようにしているが、どう見てもさっきとは違う苦し気な様子で、俺はその様子を目にするなり真っ先に体が勝手に動いた。
「八牧さん!!」
俺の声に八牧さんの驚いた目と会話していた二人目が一気にこっちへ向き、俺は自然と声が出ていたことに身体から冷汗が噴きだした。
やべっ!!何も考えずに声かけちまった!!!
「……島田君?」
八牧さんがいつもより小さい声で俺の名前を口にしたのを目にして、俺は声をかけた理由を考えながら三人に駆け寄った。
「あーっと…、もしかして三人でどっか行くとこだった?邪魔しちまったかな??」
「え―――――っと………。」
八牧さんが瀬川を気にしながら返答に困っていると、瀬川が俺と八牧さんを交互に見てから口を開いた。
「あ、もしかして島田君と何か予定あった?それなら、また今度で構わないよ。俺もナナが来てくれたから、ちょうどいいし。」
瀬川は隣にいる美女ことナナさんを見ながらそう言って、それを見つめる八牧さんの表情が強張るのが分かった。
俺は緊張感の漂い始めた空気を和らげようと、二人の間にじわじわと割って入った。
「それなら良かった。じゃあ、八牧さん借りてくよ。」
「ごめんな。気が付かなくてさ。」
「いいよ。それじゃ。」
俺は八牧さんの手を掴みかけるのを軌道修正して、後ろに回って彼女の背を押した。
八牧さんはそれに倣って足を進めてくれて、俺は彼女の斜め後ろからついていく。
すると八牧さんが微妙に俯いたのが分かり、俺は軽く咳払いしてから言った。
「……今、俺の影になってるから泣いても瀬川には見えないよ。」
俺が泣きたいだろう気持ちを察して言ったのだけど、八牧さんからは思わぬ言葉が返ってくる。
「島田君って、お人好しだよね。ほんっと天性のお人好しだって感心するよ。」
「はは…、お人好し…ね。」
八牧さんの微妙に怒ってる声に余計なことをしてしまったかと笑って躱していたら、八牧さんの声質が変わり始める。
「人の世話ばっかりしてさ…。なんっで、そんなに優しくなれるかなぁ…。」
嗚咽を押さえるように掠れだす声に、俺は彼女の強がりを見て見ぬフリしようと「バカだよな。」と軽く笑って返した。
八牧さんはそれに乗っかって「バカだね。」と鼻をすすっていて、俺は瀬川達から離れるまで八牧さんと同じ距離間をとったのだった。
***
「私、瀬川君に玉砕してキッパリ諦める事にする。」
人目につかない駅より少し離れた小さい公園のベンチで八牧さんが落ち着くのを待っていたら、ハンカチで顔を隠していた彼女が突如そう口にした。
俺は彼女の中でどう収まりがついたんだと驚きで声が出ないでいたら、目の周りを赤く染めた八牧さんの顔が俺の方へ向いた。
「島田君には全部バレてるみたいだから言うけど…。私、高校の時から瀬川君にずっと片思いしてて…。」
「……うん。」
「瀬川君には好きな人がいること、そのときから知ってたんだけど…大学が同じになるからって…、今まで諦める事ができなくてモヤモヤしてたんだ。」
「……そっか。」
八牧さんは何か気持ちを整理させようと独り言のように話続けていて、俺は初めて聞く彼女のことに耳を傾ける。
「もしかしたら自分にも何かチャンスがあるんじゃないかって…、そこまで努力もしないまま、今日までただ『好き』の気持ちに流されてきたけど…。さすがにもう…、無理だって思い知らされちゃった。」
ここで八牧さんはまた瞳を震わせ始めて、俺は自然と息をのみ込んだ。
「瀬川君…、私といるときと全然態度違うんだもん。……あそこまでとは思わなくて…、正直ショックだった…。私の入り込める余地なんて何処にもなかったんだから。」
八牧さんの言葉に、俺は何年か前のことをふわっと思い返した。
俺もあのとき、同じことを思ってた。
谷地さんと井坂が別れたとき、もしかしたらチャンスがあるのかもしれないって…
だけど…、谷地さんを傍で見ていれば嫌でも分かった。
俺じゃダメだって…
谷地さんには井坂じゃないとダメなんだって…
痛いぐらい思い知って…、それと同時にショックだった。
俺の入り込める隙なんて、一ミリもなかったんだってことに…
俺はぐっと泣くのを堪える八牧さんを見ながら、ここまで自分と似てる事に驚き、そして無性に胸が痛くなった。
俺とは違い、彼女は玉砕するという結論を出したこと。
未だに諦められていない情けない俺とは唯一違う点。
俺は八牧さんが凄いと思いながら、この選択がどれだけ辛く苦しい道か考えて唇を噛みしめた。
俺から言えることなんて何もない。
八牧さんの覚悟は彼女の勇気の成せるものだ。
覚悟も勇気もない俺が当り障りのないことを口にした事で、何も彼女のためにはならない。
俺は自分が情けなさ過ぎてずっと口を噤んでいたら、横から八牧さんに頬を軽く叩かれた。
「なんで島田君がそんな顔してるの?そこまで重く受け止められると責任感じるんだけど。」
「え、いや…。そういうわけじゃなくて…。」
八牧さんは俺の返事が不服だったのか、微妙に顔をしかめると立ち上がった。
「優しい島田君にする話じゃなかったね。なんだか島田君といると気が緩んで、ついつい口が軽くなっちゃう。」
「え…―――」
「あ、だからしおりんも島田君に頼っちゃうんだ!ちょっと理解できたかも。」
八牧さんは変に明るく笑いながら独り言のように言いながら歩き出して、俺は慌てて立ち上がると彼女を追いかける。
すると八牧さんが急に足を止めて振り返り、俺に掌を見せて制止させてきた。
「もう大丈夫だから。」
「え、でも――――」
「人に頼るのはここまでにしたいの。ここから先は私の問題。島田君にまで迷惑かけようなんて思ってないから。」
俺が迷惑だなんて思ってないと言おうと口を開きかけたら、すかさず八牧さんの言葉に遮られる。
「島田君は優し過ぎるから…、これ以上はダメ。島田君はもっと自分のことに時間を使うべきだよ。」
八牧さんは諭すように優しい笑顔を浮かべながらそう言って、俺は開けかけた口を閉じる。
「島田君。こんな私のために時間を割いて、話を聞いてくれてありがとう。すごく気持ちが楽になったし、正直助かった。また結果は報告するから、あまり重く考え過ぎないでね。それじゃ。」
俺が何も口を挟めないよう八牧さんは言うだけ言って早足で去ってしまい、俺は彼女の勇気を心の中で応援しながらやっぱり少し心配になってしまったのだった。




