5、変に同じ
八牧貴音視点です。
「まさか八牧さんと谷地さんがそんな風にイメチェンしてたとは知らなくて驚いたよ。きっと構内で知らない内にすれ違ってたよな。」
ある日のお昼休み。
私は講義の終わりに食堂にいた瀬川君に声をかけられ、一緒にお昼をとる流れになり、緊張と嬉しさで表情がおかしなことになっていた。
今日はたまたましおりんと別講義だったので、しおりんがここに来るまでは二人きりだ。
こんなこと大学に入って初めてのことで、私は溢れ出る嬉しさを堪えながら普通を装おうと頑張る。
「それって気づかなかったってこと?」
「そうそう。だって本当に綺麗になってたから一瞬目を疑ってさ。赤井君と島田君がいなきゃ二人だって確信持てなかったし。」
綺麗…
私は待ちわびていた瀬川君からの感想に顔が緩みだして、慌てて顔を背けると笑って誤魔化す。
「そんなに褒めても何にも出ないよ?瀬川君ておだて上手だよね。」
「あはは、茶化さなくてもいいよ。俺はホントのこと言っただけだから。」
ホントのこと…
しれっと私の喜ぶことを返してくれる瀬川君の言葉に、私はとうとう普通の顔が保てなくて照れて顔が熱くなる。
それに気づいた瀬川君がふっと微笑むとまた嬉しい事を口にする。
「八牧さんでも照れるんだね。やっぱ女の子はそういうとこ可愛いよね。」
可愛い…
私は今まで生きてきて一番幸せな時間に涙が出そうで、鼻から大きく息を吸いこむとぐっと持ち堪えた。
そしていつもの自分に戻ろうと、深くとらえず軽く返す。
「そういうこと、どんな女の子にも言えるから瀬川君はモテるんだろうね。でもそう言ってもらえて嬉しいよ。ありがとう。」
私が軽く頭を下げると、瀬川君は一瞬きょとんと私を見つめてから首を傾げて言った。
「誰にでもこんなこと言うとか俺ってどんな男?八牧さんだから言ったんだけど。俺ってそんな軽い奴に見られてたんだ。」
「え――――、え!?そ、そういうわけじゃ!!!」
しゅんと拗ねてしまう瀬川君を見て、私は傷つけてしまったかと焦った。
でも瀬川君はしゅんとしたのも一時だけで、すぐ笑顔を浮かべると楽しそうに言った。
「あははっ、ちょっと意地悪してみた。全然俺の言ったこと、信じてくれないからさ。」
「え、信じてないわけじゃ…。」
「分かってるよ。照れ臭いだけなんだろうけどさ、ちょっとは素直に喜んでくれたらなって思っただけ。」
瀬川君はペットボトルを手にすると「こんなこと言ってる俺のが恥ずかしくなってきた。」と笑っていて、私は再度「ありがとう。」と口にした。
すると瀬川君が嬉しそうに「どういたしまして。」と返してくれ、私は胸の奥が今までにないぐらい苦しくなった。
やっぱり瀬川君が好き――――
一方的な片思いだって分かってるけど…
身体中が瀬川君が大好きだって歓喜してる…
ほんの少しでもいい
瀬川君の心の隙間に私の気持ちを入り込ませられないだろうか?
私がそう熱く瀬川君を見つめて考え込んでいたら、瀬川君が食堂の入り口で目を留めた。
「あ、谷地さんだ。」
「え、あ。本当だ。」
瀬川君の言葉に後ろを振り返ると、しおりんがこっちに足を進めながら、知らない男子と会話して顔をしかめているのが見えた。
傍から見ただけで言い寄られてると分かる状況に、私は助けに行くべきかと腰を上げかけると、タイミングよく島田君がしおりんの隣にやってきた。
島田君はしおりんに言い寄っていた男子と何やら話をして、しおりんを自分の背に隠すように庇っている。
「お~、ちょっと危ないかなって思ったけど、島田君ナイスタイミングだな。」
瀬川君も私と同じように感じてたようで、しおりんたちを見つめてほっとしている。
私は「そうだね。」と頷いてから、なんとかしおりんを守り切った島田君を見つめた。
島田君はしおりんと会話しながら安心したように笑みを浮かべていて、対するしおりんは島田君に何度も頭を下げている。
そのときの幸せそうに表情を緩める島田君を見て、私はまた胸の奥が苦しくなった。
やっぱり島田君を見てると自分と被ってムカムカする…
島田君はどうして彼氏のいるしおりんのことを、今もずっと想い続けていられるんだろう…?
絶対に報われない想いなのに、諦める事もせず、高校の時から変わらない
島田君はどんな気持ちでしおりんと井坂君の事を見続けてきたんだろう…
私は彼に聞きたい事が山のように湧き出てくるのをぐっと口を閉じて堪えると、黙り込んだ私を見兼ねて瀬川君が話しかけてきた。
「八牧さんはあーいうことない?」
「―――え?あーいうことって?」
私は突然の問いに瀬川君に意識を戻すと、瀬川君はしおりんたちを指さしながら言った。
「さっきの谷地さんみたいに、知らない男たちに声かけられて困ったことないのかな…と思って、さ。」
「え、私が?ないない。しおりんじゃあるまいし、あり得ないよ。」
私が軽く笑って否定すると、瀬川君は少し顔をしかめて「そんなことないと思うけど。」とむくれてしまい、私はまた彼を傷つけてしまったかと焦った。
でも瀬川君は拗ねた素振りを見せただけのようで、すぐに笑顔を見せてくれる。
「ま、ないなら良かった。もし今後あったら助けに行くから。連絡してくれよな。」
「え、連絡…?」
「あ、そういえば連絡先交換してなかったっけ。教えなきゃ連絡もないよな。」
瀬川君は笑いながらケータイを取り出していて、私は連絡先を交換できると慌てて鞄からケータイを取り出した。
そしてさらっと簡単に連絡先を交換することになり、私は自分のケータイ画面に映る瀬川君の番号を見つめて胸が高鳴った。
今までしたくてもできなかったことが…こんなに簡単に…
私は瀬川君にこんな心配をしてもらえるのも、連絡先を交換できたのも、しおりんと一緒にイメチェンしたからだと思い、ケータイを握りしめてしおりんに心の中で何度も感謝した。
あのとき、しおりんの提案にのっておいて良かった!
しおりん本当にありがとう!!
瀬川君は「これで安心だな。」と悪戯っ子のように笑っていて、私は泣きたくなるぐらいの嬉しさを堪えながら「ありがとう。」となんとか伝えたのだった。
そうして史上最高の幸せな時間も終わりとなる時間がきたようで、しおりんと島田君が私たちのところにやって来た。
「ごめん、タカさん。お待たせ…、って、瀬川君。タカさんと一緒だったんだ?」
「うん。たまたま一緒になってさ。こんなに話すの高校以来で楽しくて、つい長居しちゃったよ。」
「へぇ。何の話か気になるけど、野暮なことは聞かないことにするよ。」
「野暮って…。」
しおりんは私と瀬川君を交互に身ながらニヤニヤと笑い出して、明らかにからかってる様子にため息しか出ない。
瀬川君も軽く笑い飛ばしながら「谷地さんも言うじゃん。」と言い返している。
「それよか、さっき大丈夫だった?上手く島田君が躱してたみたいだけど、誰かに言い寄られてたよな?」
瀬川君が上手く話題をすり替えるように尋ねると、しおりんは一気に顔を不機嫌そうに歪ませた。
「うん。島田君のおかげで大丈夫だった。どこの誰か名前も忘れちゃったけど、すっごいしつこくて警察に電話しようかと思ったもん。」
「あはは!!そこまで?ほんとにどこのどいつだよ。谷地さんをここまで怒らせるなんてさ。」
瀬川君の言うようにしおりんが怒りを前面に出すのも珍しくて、私もどこの誰か気になった。
するとしおりんの横で今まで黙っていた島田君が、説明してくれるのか口を開く。
「あんま見ない顔だったから3回か、4回生だと思う。廊下ですれ違った谷地さん見て追いかけるように声かけてたから…。軽い気持ちで口説こうとしたんじゃないかな…。」
「え、先輩だったんだ。てっきり同い年かと思って、私思いっきり暴言吐いたような…。」
「暴言!?谷地さんが!?」「えぇっ、しおりんが暴言!?」
しおりんから出た言葉に私と瀬川君が同じ反応をして、お互いに顔を見合わせる。
そして私が先に照れてしまい顔を背けると、瀬川君が吹きだすように小さく笑ってから言った。
「やっぱ意外だよな?谷地さんと暴言、似合わねぇもん。」
「そうかな?弟にはよく言っちゃうんだけど…。さっきはかなり頭にきてたから…つい。」
「ははっ!やっぱ、そこまで怒らせた先輩すげーよ。」
「笑い事じゃないから!!」
しおりんが腕を組んで怒り出すと、島田君が仲裁するように言った。
「あれはあっちが彼氏いるって谷地さんが言ってるのに、知りもしない彼氏の悪口言い始めたからで…。谷地さんは怒って当然だったと思う。」
へぇ…、なるほど…井坂君のことで…か。
島田君の話に私も瀬川君もストンと納得して顔が緩んでしまい、しおりんの表情が険しくなった。
「島田君!!なんで言っちゃうの!?二人が急に生暖かい目で見てきて気持ち悪いんだけど!!」
「あ!ごめん!つい…。」
「もうっ!!私ご飯注文してくる!!」
しおりんは居た堪れなかったようで顔をしかめたまま立ち上がると、学食を取りに行ってしまった。
それを慌てて島田君が追いかけて行く。
「なんか谷地さん見てたら飽きないなぁ。」
「でしょ?私も常に楽しませてもらってるから。」
楽しそうに笑いを堪える瀬川君は、二人を見ながらそう言って、私は楽しそうな瀬川君に嬉しくなった。
すると瀬川君は私に目を向けると優しく微笑んできて、私の胸の奥がドキッと高鳴る。
瀬川君はそのまま何も言わずニコニコしているだけで、私はその笑みに微笑み返しながら、彼が何を考えているのかと、違う意味のドキドキが胸を鳴らしたのだった。




