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理系女子の恋~大学生編~  作者: 流音
act2:報われない恋<貴音、新>
12/40

4、頼み事

島田新視点です。




『今日は大丈夫だったか?』


電話の向こうの井坂は声音に微妙な焦りを滲ませながら尋ねてきて、俺はここのところ毎日のように聞かれる問いにうんざりしていた。


「昨日も言ったけど大丈夫だっつの。お前、過保護過ぎんだよ。ちょっとは谷地さんのこと信用しろよ。」

『信用してるに決まってるだろ!!心配してんのは詩織の周囲だよ!詩織の無自覚さ、知らねぇわけじゃねぇだろ!?』

「……まぁ、気持ちは分からなくはないけどさ…。」


井坂の心配が谷地さんのイメチェンに起因していると知ってるだけに、俺は井坂の定期通話を無下に切る事ができない。


それに俺自身、綺麗になった谷地さんを見て井坂と同じように不安になったから…


井坂もそれを分かってるのか、いつもなら赤井に頼むだろうことを俺に頼んできた。


谷地さんの周囲をよく見て、何かあれば逐一井坂に報告することを―――。


まぁ毎日向こうから電話がくることは予想できなかったんだけど。



『もう最近の夢見の悪さったらねぇからな…。ぜってーストレスからきてる…。』

「ストレスって…。そこまで気にしなくても、俺も赤井もいるから大丈夫だって。」

『証拠見せろよ。』

「証拠!?何を見せろってんだよ!!」


明らかに井坂のストレス発散に付き合わされている理不尽な発言に俺が言い返すと、井坂はぶすっとふてくされた声で言った。


『ちゃんと詩織と一緒にいるって写真でも撮って送れよ。そしたら俺も安心できるから。』

「はぁ!?なんで付き合ってもいねー俺が、谷地さんと写真撮って送らなきゃなんねぇんだよ!!」


『いいじゃねぇか!お前前科あんだから写真の一枚ぐらいできんだろ!!』

「前科って何の話だよ!!」


『俺は忘れてねーからな。高1の文化祭の詩織のゾンビナース写真。』


あ―――――


ただの言いがかりだと思って言い返していたら、思わぬところから自分の黒歴史が飛び出して言葉を失う。


『詩織にあんな衣装着せた挙句、ちゃっかり写真まで撮ってただろ。俺なんか意識し過ぎてあんま直視できなかったっつーのに。このスケベ野郎。』

「………今それ言うか?相当執念深いな。」

『今だから言えるんだっつの。な、写真の一枚ぐらい撮れるだろ?』


有無を言わさぬ井坂の追い討ちに俺は頷くしかなく「分かったよ。」と返して大きくため息をついた。



高校一年の文化祭――――


俺がまったく谷地さんのことを意識してなかった最後の時期。

背が高く細身の体型から、当時俺の中で一番のマンガのキャラクターに仮装できるんじゃとただの好奇心で谷地さんにナース服を着せた。


俺の期待通り谷地さんはマンガのキャラそのものに変貌してくれ、俺は良い仕事をしたと感無量だった。

自分の目は間違ってなかったとクラスの催しの成功に胸を躍らせていたら、谷地さんの涙を目にした。


初めて見る女子の涙。


同情で掴んだ手に谷地さんの手の温もりと微かな震えが伝わって、俺は胸の奥が変に騒いだのを感じた。

それまで俺の中で谷地さんは井坂が気にかけるクラスメイトの一人だったから。

その谷地さんが俺のすぐ隣にいて、震える手で俺の手にすがっている。


俯き涙を堪える彼女を見て、俺は守ってあげたいなんて思ってしまった。


これが、俺の中で谷地さんが特別に変わった瞬間だったのだけど――――。



あの時点で谷地さんはすでに井坂を想っていて、そして井坂もそうだったわけで…

気づいた瞬間から俺の恋は叶うわけのないものだった。


それなのに、どうして今もずっと不毛な片思いを続けているのか…

俺は自分自身のことなのに何も分からない。



いい加減気持ちに踏ん切りつけねぇとなんだけどなぁ…



俺は井坂の愚痴を聞き流しながらふっと息を吐くと、ふと昨日のことを思い出し話をすり替える。


「あ、井坂。そっちでミスコンに出るんだってな?谷地さんから聞いた。」

『…………、………ん。』


井坂は俺の問いに急に歯切れが悪くなると、明らかに不満があるという空気を醸し出してくる。


「グランプリは女子のミスコングランプリと一日デートなんだってな?谷地さんがヤキモチ妬いてたけど。」

『――――…だよな。俺だって逆の立場だったら詩織以上に激怒してるっつの。』

「そう思うならなんでミスコンなんか出るんだよ?お前高校のときだって嫌がってたじゃねぇか。」

『俺が好き好んでミスコンなんか出るわけねぇだろ。先輩に脅迫されてエントリーさせられたんだよ。』

「脅迫!?」


物騒な言葉に俺が驚いて顔を引きつらせると、井坂は大きくため息をついてから言った。


『俺に彼女がいたことが気に入らねぇ先輩がいて…、ミスコンに出ねぇと今度詩織が来た時に邪魔しに行くって脅されて…。前一回逃げた経緯があるだけに、今回は言う通りにしとかねぇとマジで厄介なことになりそうだからさ…。妥協したんだよ。』


「はぁ~…、面倒な先輩もいたもんだなぁ~?」

『だろ?なんか俺に対抗意識持ってるっぽくてさ…、事あるごとにつっかかって来られて迷惑してんだよ…。』

「へぇ…。」


俺は心底面倒くさそうに何度もため息をつく井坂の声を聞きながら、一体どんな先輩なのかと想像を膨らませる。


『まぁ、俺の方は自分で何とかするからさ。くれぐれも詩織の方、頼んだからな。』

「分かったよ。写真だろ?俺と一緒にいるって証明できるもんならいいんだよな?」

『おう。ちゃんと見張ってるってやつな。俺の安眠かかってんだから忘れんなよ?』

「分かってるって。ちゃんと夜にでも送るよ。」

『よろしくな。』


井坂は少し安心したのか最後は明るい声で電話を切り、俺はケータイを手で弄びながらどう谷地さんと写真を撮るかと考えた。


井坂に頼まれたってことを言えば、谷地さんのことだからすんなり写真撮ってくれそうだよな。

まぁ理由は言えねぇけど適当にはぐらかせばいけるかな…


井坂が心配してるってことを谷地さんに伝えたら、きっと変に心配させるだけだと判断し、俺は早速任務を果たそうと中庭のベンチから立ち上がり校舎へ向かった。


そうして校舎への渡り廊下を歩いていたらタイミング良く谷地さんと八牧さんが一緒にやってきて、俺は二人に向かって手を挙げた。


「谷地さん、八牧さん!」

「あ、島田君。偶然だね~。」


谷地さんはサラリと長い黒髪を柔らかく揺らし耳に光るイヤリングをチラ見せさせていて、まだ見慣れない色っぽい姿につい目を逸らしてしまう。


ドキドキすんな!!

井坂の頼みを実行しに来たんだ俺は!!


自然と速くなる自分の胸の鼓動を無視すると、早速ケータイを取り出し谷地さんに向かって早口に捲し立てた。


「ちょうど谷地さんを探してたんだ。ちょっと俺と写真撮って欲しくてさ。」

「写真?どうして?」


不思議そうな谷地さんの反応を目にして、一瞬言葉が詰まりそうになったけど平静を装って続ける。


「井坂に頼まれたんだ。谷地さんとの写真撮って送れって。」

「井坂君が?なんで私に言わないんだろ…。」

「谷地さんに言うのが照れ臭かったんじゃないかな。あいつカッコつけたがりだからさ。」

「………そっか…。」


谷地さんは俺の適当な理由に少し顔をしかめていたけど、最終的には納得したのか「いいよ。」と俺の隣に並びに来てくれる。

すると、それを見ていた八牧さんが俺に手を伸ばしてきた。


「ケータイ貸して。撮ってあげる。」

「え、あ、ありがとう。」


あまりにも協力的な八牧さんに戸惑って、俺はケータイを手渡すときにうっかり落としてしまった。

カシャンと音を立てて落ちたケータイを八牧さんが拾ってくれ、そのときに意味深な言葉を呟いたのが耳に届く。


「そこまで緊張しなくても。」

「緊張?」


俺は思わず八牧さんの呟きに反応してしまい聞き返すと、八牧さんが少し微笑んでから俺にだけ聞こえるように言った。


「しおりんとのツーショット、初めてでしょ?成り行きとはいえ良かったよね。」

「え―――――。」


八牧さんに指摘されて俺は初めてツーショットだと認識し、隣に立つ谷地さんに振り返った。

谷地さんはそんな俺を見て不思議そうに首を傾げる。


二人……


俺は頭の中が二人で写真という文言でいっぱいになり、押さえつけてた気持ちが徐々に溢れだし顔を熱くしていく。


うわわ…!!!

ヤバいって!

こんな顔で写真撮ったら井坂に何言われるか分かんねぇ!!!


俺は写真を撮ろうとしている八牧さんの手からケータイを奪い取ると、谷地さんから離れた。


「せ、せ、せっかくだから三人で撮ろう!!八牧さんに撮ってもらうのも申し訳ないからさ!!」

「え?」

「は??」


驚いた顔をしている谷地さんと不満げに顔をしかめる八牧さんを交互に見て、俺は二人から目を逸らすと口からでまかせを並べた。


「井坂は二人って指定したわけでもないからさ!自撮りできるんだし、三人で撮った方がいいだろ?」


八牧さんが何か言いたげに口を開きかけたとき、谷地さんが俺の提案をすんなり受け入れて「じゃ三人で撮ろっか。」と言ってくれほっと胸を撫で下ろす。


良かった…

あの状況じゃ写真に全部自分の気持ち写るとこだった…

井坂安心させるための写真なのに、逆に不安にさせることになるっつーの…


俺がカメラ機能を自撮りに切り替えていると、俺の隣に並びにきた八牧さんがじとっと俺を見て言った。


「島田君てホントお人好しだよね。」

「へ?」


八牧さんは何を怒っているのか俺をキッと睨むと続けた。


「っていうか、どうすればそこまで他人至上主義でいられるのか学びたいぐらいなんだけど。」

「他人至上主義??」

「もういい。ちょっと自分と状況が似ててイラついただけ。気にしないで。」


八牧さんはぽかんとする俺から身体を背けると、同じように呆けている谷地さんに「しおりんには関係ないから。」とだけ言って彼女の横に移動してしまった。


俺は自然な感じで谷地さんと隣同士にしてくれた八牧さんの行動を見て、今までもしかするとと思ってたことが確信に変わった。


それは、八牧さんには俺の谷地さんに対する気持ちがバレているかもしれない…ということ。


俺は彼女にすべて見透かされていて、あの注意をされたんだと思い気恥ずかしくなったのだけど、ふと最後の言葉が引っかかり八牧さんを見つめた。


『ちょっと自分と状況が似ててイラついただけ』


俺はこの前の食堂での瀬川を前にした八牧さんを目にして、少し違和感を感じていたので、まさかという予測が脳裏を掠めたのだった。



















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