3、羨ましくて
八牧貴音視点です。
久しぶりだった地元からさっさと戻ってきた日、私は自室のベッドに寝転んで目を閉じた。
しおりんと私――――
同じようにイメチェンして…
お互いに大好きな人の反応を心待ちにして、それを勝手に想像するだけで楽しかった…
だけど、いざその反応を目にしてしまうと…
自分としおりんの差に言い様のない気持ちが胸の中に広がった
しおりんは井坂君と想いが通じ合ってて、付き合ってるんだから―――当然、井坂君はしおりんが望む以上の反応を見せた…
でも私は―――――
私は大好きな人に会えもしなかったことを思い返して、今も耳に残る西門君の言葉に目の奥が焼き付く。
『悪い、瀬川のやつが地元で集まろうとか言ってたらしいけど…あいつ、木崎に頼み事されたらしくて…こっちに戻ってこないみたいなんだ。八牧さんにちゃんと謝っておいてほしいって頼まれてさ。あいつ自分勝手でごめんな?』
瀬川君は、木崎さんと一緒にこっちに残った…
何を頼まれたかは分からないけど…
瀬川君は……私たちより木崎さんを選んだ…
当たり前だ
瀬川君の一番は木崎さんなんだから…
私がいくら自分を変えて、彼に会える日を待っていたんだとしても…
そんなこと瀬川君には知る由もなければ、知ったところでそもそも私との気持ちに大きな差があるんだから、彼には関係のない話。
私は井坂君と一緒にいたしおりんの嬉しそうな顔を思い浮かべて、羨ましくてたまらなくなる。
私もしおりんみたいになりたかったな…
大好きな人と想いが通じ合うなんて、私には夢のまた夢の話で、考えれば考えるほど気分が落ち込んでいく。
高校に入学したばかりの頃には、まさか自分が恋愛事でこんなに頭を悩ませることになるだなんて思わなかった。
「……こんな気持ち…知らなきゃ良かった…。」
私は瀬川君と出会ったときのことを思い出して、瀬川君のトラウマ克服に安易に協力してしまった自分に、後悔ばかりが募っていってしまったのだった。
***
瀬川君に会えないまま過ぎた8月を跨ぎ9月の上旬―――――
私は微妙にふて腐れたしおりんと二人、大学の食堂で向かい合っていた。
しおりんは井坂君と何かあったらしくケータイを睨みつけて怖い顔だ。
こういうときに声をかけちゃいけないと知っていたので、しおりんが口を開くまで黙って様子を見ていた。
そこへ空気を読まない赤井君と一緒に島田君がやって来た。
「あー!今日の講義長かった~!!谷地さん達、昼食べた?って―――、なんか取り込み中??」
しおりんは怖い顔のままちらと赤井君に目を向けたけど、ケータイに目を戻して一言「別に。」と発す。
これには流石の赤井君も声をかけ続けられなかったようで、私に何があったのかと訊きたげな顔を向けてきた。
私はそんな顔向けられても何も知らなかったので、口パクで「知らないよ。」とだけ教える。
するとクッション的経験を何度もこなしてきたフォロー名人の島田君が、しおりんの隣に移動すると優しく「何かあった?」としおりんのケータイを覗き込みながら尋ねた。
それにしおりんの意識がケータイから島田君に向く。
しおりんはさっきまでバリアをがちがちに張っていたはずなのに、島田君には心を許しているのか、「あのね」と固い口を開いた。
私は島田君に感心しながら赤井君と二人、しおりんと島田君の会話に耳を傾ける。
「井坂君が…、学祭の催しのミスコンイベントにエントリーされたらしくて…、学科の同じ先輩と出るんだって…。」
「へぇ、あの井坂が??高校んときあんなに嫌がってたのに珍しいな。」
島田君と同じように私も驚いたんだけど、赤井君は井坂君から聞いていたのかどこか納得したような表情を浮かべている。
「うん…、どうもその先輩に無理やりエントリーされたみたいなんだけど…。もし、そのミスコンでグランプリ取っちゃったら、女子のミスコングランプリの子と1日デートしなきゃならないらしくて…。」
「あ~…。」
ここで島田君も私も納得がいき、しおりんはまた難しそうに顔を歪める。
「井坂君…、絶対グランプリ取っちゃうから…。いやだなぁ…。今からでもエントリー取り消せないのかな…。私だけ抗議の電話したってダメだよね…。」
抗議の電話って…
それでケータイ睨んでたんだ…
私は疑いようもなく井坂君がグランプリだと決めつけているしおりんが可愛くて、つい笑ってしまいそうになり口元を手で押さえた。
でも島田君は私とは違い優しい表情を浮かべながら、諭すように口を開く。
「谷地さん。井坂がグランプリ取ったって大丈夫だよ。その話井坂から聞いたとき、井坂も同じこと言ってなかった?」
「………それは、言ってた…けど…。」
「だったら、井坂を信じてれば大丈夫。あいつが谷地さん以外とデートしたって何も起こらないから。」
島田君の力強い言葉に面食らったのかしおりんが返す言葉を失っていると、畳みかけるように赤井君が口を開いた。
「そうそう。井坂が谷地さん以外とデートして笑ってる姿とか想像もつかねぇ。っていうか、集合して五分で解散だろ。」
「だな。あの面倒くさがりが言われた通りにデートするとも思えねぇし。」
赤井君と島田君が井坂君のことを分かり切ったように話して笑い合う。
それを見ていたしおりんは流石に理解したのか、険しい表情を和らげた。
「谷地さんはあいつの彼女なんだから、どんと構えてればいいんだよ。井坂の事、信じられないわけじゃないだろ?」
「うん…。井坂君のことは、ずっと信じてる…。確かにそうだよね…。」
しおりんはどこか安心したように微笑むと、島田君と赤井君を交互に見て頭を下げた。
「一人で先走りそうになっちゃってごめん。話聞いてくれてほっとしたよ。二人がいてくれて良かった。」
そうしおりんが照れ臭そうに頬を赤く染めて笑うと、島田君の頬が同じように赤く染まった気がして目を向けると、島田君が私の視線に気づき顔を背けてしまった。
………
分かりやすいなぁ…
私はどこか自分と似ている島田君を見て、微妙にもやもやする気持ちを復活させてしまい、自然とため息が出る。
するとそこへ待ちに待った声が耳に届き、私は反射的に顔を上げた。
「あ、谷地さん!!八牧さん!!」
よく通る声を上げながら駆け寄ってきたのは、ほぼ一カ月ぶりの瀬川君で、私は目にフィルターでもかかったのか景色が光り輝いて見えた。
その景色の中央に瀬川君の爽やかな笑顔が見え、胸がギュッと締め付けられるように苦しくなる。
「夏休みはごめんな。俺から声かけてたのに帰れなくてさ…。」
瀬川君は申し訳なさそうに頭を掻いていて、私はしおりんと同じように首を横に振った。
「ううん。全然!!」
「そうそう。ナナコは何の用事だったの?瀬川君が呼び出されるぐらいだから、何か大事な用だったんだよね?」
しおりんが不思議そうに私の一番聞きたかったことを聞いてくれて、私はじっと瀬川君の返答を待つ。
「あ~、それな。ただのパシリだったんだよ。サークルの合宿でなんか大きな機材持ってくとかで男手が欲しかったらしい。ほんっと、ナナは昔っから勝手だよなぁ~。」
瀬川君はまるで木崎さんのことを何とも思ってないかのように笑い出して、私は二人っきりじゃなかったという事実にほっとしてしまった。
「なんだ。ナナコが瀬川君に頼み事とか珍しいから、よっぽどの事だと思ったのに。ただのお手伝い要員かぁ~。じゃあそのサークルの合宿について行ってたんだ?」
「あ、うん。女子ばっかりだったから、かなり居辛かったけどな。」
「女子ばっかり!?」
瀬川君から出た気になるワードに、自分らしくなく食いついてしまい、私は慌てて手で口を塞いだ。
瀬川君は私の声に少し驚いていたようだけど、苦笑しながら説明してくれる。
「そう。ナナが行ってるの女子大だからさ。もう一人、誰かの彼氏だっていう奴が来てたんだけど、そいつ彼女のとこ行っちまうし、俺はよく知りもしない女子にやたら話しかけられるしで困ったよ。まぁ、その度にナナのとこに逃げ込んでたんだけどさ。」
……………
「あははっ。ナナコ、鬱陶しいって言ったでしょ?」
「言われた。ほんっと、頼んどいといて冷たいよなぁ~。」
「それがナナコだから。」
しおりんと瀬川君の間で繰り広げられる幼馴染トークを聞きながら、私は木崎さんのことを口にしながら嬉しそうに笑う瀬川君を見て、気持ちが落ち込んでいった。
木崎さんとずっと一緒で楽しかったって…
口にしなくても分かっちゃうぐらい嬉しそう…
久しぶりに会えて…、話せて嬉しいのに…
泣きたくなってくる…
私、こんなに弱かったかな…
しおりんにも瀬川君にも自分のこんな気持ちを悟られたくなくて顔を俯かせていたら、しおりんと話を終えた瀬川君が立ち去る前に私に声をかけてきた。
「八牧さん。」
私は顔を上げる前になるべく普通の表情を浮かべておくと、瀬川君がそんな私を見て言った。
「ちょっと見ない間にすげー綺麗になっててビックリ。クールビューティーって感じで、似合ってると思う。」
「え…。」
私は一瞬何を言われたのか分からなくてぽかんとしていたら、瀬川君が両手のジェスチャーを加えながら説明してくれる。
「八牧さんのそれ。今の方がいいと思うよって話。まぁ、俺にこんなこと言われても困るだろうけどさ。」
!!!!!!
「そっ、そんなことないよ!!!」
私はやっと褒められてると認識すると、困ったように笑う瀬川君に向かって腰を上げた。
「イメチェンしてから、初めて褒められたから…すごく嬉しい…。」
「え、そーなの?皆の目節穴だよなぁ~。」
瀬川君はちらっと赤井君たちを見てから意地悪そうに笑う。
私はそんな瀬川君に胸がキュンキュンときめいていて、脳内で何度も瀬川君の言葉がリフレインする。
「あ、ヤバい。この後、佐伯と待ち合わせてるんだ。また時間作るからゆっくり話そ。」
瀬川君は腕時計で時間を確認すると急いでいるようで手を振ってから背を向けてしまう。
私はその背中に慌てて「ありがとう!!」とだけお礼を告げると、瀬川君は私に振り返っていつもの爽やかな笑顔とともに軽く手を振ってくれた。
たったそれだけのことが私にとっては夢のような出来事で、顔が熱くなりながら早足で食堂を後にする瀬川君の背中を見つめ続けた。
まさかそれを第三者の驚いたような目で見られていたとも気づかずに…




