2、変わらない気持ち
島田新視点です。
「はぁ~~~~………。」
午前中の講義がすべて終わり中庭の休憩スペースの長椅子に寝転んで大きくため息をつくと、目を閉じただけで瞼の裏に映るある人の笑顔に胸が締め付けられた。
俺はバカか…
高校のときから全く変わりもしない自分の中の大部分を占める気持ちに悩ませられ、俺は目を開けることで大好きな人の笑顔を消した。
すると俺を覗き込んでいる奴の顔が飛び込んできて、俺はビックリして身体を起こした。
「おわっ!!いたんなら声かけろよ!!」
「ははっ!険しい顔してるから、悪夢でも見てんのかと思ったよ。」
俺が身体を起こした事で空いた長椅子のスペースに遠慮なく座ってきたのは、大学に入って髪を茶髪に染めた赤井で、俺はチャラい雰囲気の増した赤井を横目で見た。
赤井は午前中の講義で使ったファイルを膝の上で開きながら、どこか楽しそうに話し始める。
「お前、もう昼食った?」
「いや、まだだけど。赤井は?」
「俺もまだ。今食堂混んでてさ。もうすぐ夏期休暇のはずなのに、学生多いよな~。」
「だな。お前も明後日には地元帰るんだっけ?」
「おう。小波のやつが早く帰れ帰れうるさいからさ~。」
「ああ。なんだかんだ上手くやってんだ?」
「ははっ!なんだかんだって何だよ。あ!!さては井坂の奴と比べたな!?」
赤井から思いもしてないことを言われて「は!?」と目を剥くと、赤井は何か悟ったというように一人で話を進める。
「昨日も谷地さんじーっと見て、嬉しそうだったもんなお前。いっつまであの二人見守ってるつもりだよ~?いい加減、自分のこと一番にしろよ~??」
「そんなつもりねぇんだけど。勝手に勘違いすんな。」
俺は図星をつかれて表情に出そうだったけど、赤井の前でそれを見せるのはダメだと、高校の頃からの経験で分かっていたので冷静にポーカーフェイスを作った。
「どうだか。お前だけは、この俺でも同情するよ。」
「うっせ、黙ってろ。」
赤井の憐みの目にイラついて、つい乱暴に返すと、赤井が苦笑しながら前を向いた所で声をあげた。
「お!!噂をすれば谷地さんと八牧だ。お~い!!」
赤井が立ち上がりながら両手で手を振り始め、俺は微妙にドキドキしながら赤井と同じ方向に目を向けた。
その瞬間、俺の心臓が大きく跳ねる。
へ!?
そこには俺の知ってる谷地さんの八牧さんとは違う二人がいて、俺は何度も目を擦りながら自分の目を疑った。
何度目を擦っても俺の目に映るのは、可愛らしいイメージから大人で落ち着いた雰囲気にイメージチェンジした谷地さんの姿で、あまりにも綺麗になった姿に見惚れてしまう。
マジかよ…
これ、ヤバいな…
俺の目が谷地さんに釘付けになり、今にも独り占めしたい気持ちが口から零れかけようとしていると、赤井の能天気な声が耳に届き我に返る。
「二人してどうしたんだよ!?俺の茶髪よりビックリなんだけど!」
「そこまで驚く?大学生になったんだから、イメチェンぐらいいいじゃない。」
八牧さんの不機嫌そうな声がして、俺はやっと八牧さんにも目が向き、彼女も谷地さんと同様大人っぽくクールな感じに変貌してると分かった。
八牧さんは谷地さんと違ってパンツスタイルできめていて、こうしてオシャレしている姿を目にすると、彼女も普通にモテそうだと思った。
まぁ、それを素直に口にしたら怒られそうだけど…
「やっぱり変かな?大人っぽくを意識し過ぎて、無理に背伸びしちゃったかなって話してたんだよね…。」
「変じゃねぇけどさ、あまりにも前と雰囲気違ったからビックリしたっつーか。」
谷地さんが照れ臭そうに頬を赤く染めながらこっちに目を向けてきて、俺は自分にも感想を求められてると感じ口をパクつかせた。
思ったまんまを言ったら井坂に殺される!!
かと言って、何も言わないのも変だし…
何か無難な感想を……
俺は谷地さんの視線にパニくってしまい、回らない頭で言葉を絞り出した。
「きっ、綺麗だっ…っと思う…。井坂も驚くんじゃないかな…。」
「そうかな!!」
谷地さんは俺の言葉に食いつくように目を輝かせ始めて、俺は眩しいくらいの笑顔に更に心臓を鷲掴みにされる。
息をのみ込んだまま身体がいう事をきかなくて、ただ目だけが谷地さんに吸い寄せられてどうすることもできない。
ヤバい、ヤバい!!!
「やっぱりプロにアドバイスもらって良かったね。」
「プロって?」
「昨日、この辺で有名な美容院に行ってきたんだ。そこの美容師さんにどうすれば大人っぽくなれますか~ってアドバイスもらったの。」
「メイクとか、服装とか髪のスタイリングまで丁寧に教えてくれたよね。」
「へぇ~、親切な美容師さんもいたもんだなぁ…。」
「そうなの!色々話してたら仲良くなっちゃって、これからもあそこに髪切りに行こうかなって。ね、タカさん。」
一人自分の気持ちを制御できない俺を放って三人は楽しそうに話を続けていて、俺は一刻も早くいつもの自分に戻ろうとバレないように深く呼吸した。
谷地さんは井坂のために綺麗になろうと努力してんだ…
俺のためじゃないんだから動揺すんな…
落ち着け…
そう何度も自分に言い聞かせてやっと平静を取り戻すと、三人は揃って昼でも食べにいくことになったようで、赤井に「行くぞ。」と声をかけられた。
俺はどういう流れか分からないまま頷いて後に続くと、すっと横に八牧さんがやってきて言った。
「島田君、動揺し過ぎだよ。」
「へ?何が?」
平静を取り戻したはずの俺の心臓が八牧さんの言葉にビクッと震え、顔が引きつった。
「まぁ、仕方ないとは思うけどね。よく我慢した!って褒めてあげるよ。」
「………、我慢って…え?」
八牧さんの意味深な言い方に、俺はまさかさっきのことで自分の気持ちが彼女にバレたのかと耳を疑った。
でも八牧さんは楽しそうに笑いながら「ほら行くよ。」と俺の背を叩き話を流してしまって、俺は彼女の真意が分からず嫌な汗をかいたのだった。
***
それからというもの俺は谷地さんを見るだけで気持ちをガッと持って行かれそうになり、気の抜けない日々が続いた。
赤井はそんな俺を見てはバカにしてきて腹立たしかったけど、それよりも谷地さん達に近付く野郎が出てきていることに、色んな感情がごちゃ混ぜになりフラストレーションが溜まっていた。
だから地元に帰った際、俺は井坂の顔を見ただけで不満が真っ先に口をついて飛び出した。
「お前、なんで東京なんかにいんだよ!!谷地さんの彼氏なら一番に守りに来いよ!!ほんっとムカつくな!!」
元9組のメンバーで集まろうと地元の時計公園にやって来た井坂は、話の筋が分からないようできょとんと首を傾げた。
「どうした?そんなに俺に会いたかったわけ?」
「んなわけあるか!!!お前、谷地さんには会ってねーのかよ!!」
「あぁ、俺朝一の新幹線でこっち着いたばっかだから、まだ詩織には会えてねーけど。ここ来るだろ?」
「来るけどさ!!おっまえ――――!!」
井坂は谷地さんの変貌ぶりを知らないのか、能天気にニコニコしていて、俺との危機感の差に苛立ちが募る。
こいつ…、マジで一回痛い目みればいいのにな…
俺がもうごちゃごちゃ言うより谷地さん自身を見てもらった方がいいだろうと、言うのを諦めてそっぽを向くと、ちょうど公園の入り口に谷地さん含め懐かしの9組メンバー女子が姿をみせた。
「やっほー!久しぶり~!!」
一番に声をあげたのは高校のときよりも少し化粧が濃くなり派手になった小波さんで、俺はちらとチャラい赤井を見て似た者カップルだな…と思った。
そうして小波さんの影から谷地さんが嬉しそうに井坂に目を向けていて、井坂の表情が凍り付くのが分かった。
「井坂君、どう?ビックリした??」
谷地さんはどうやら井坂を驚かせたくて自分のイメチェンを黙ってたようで、井坂の反応を目にして喜びが溢れ出てるのか口を押えて笑いを堪えている。
俺は井坂がどう答えるのか気になり様子を見ていると、やっと自分を取り戻したのか口をパクつかせたあと、谷地さんの手を掴んで公園の時計を挟んで反対側に行ってしまい、どんな感想を言ったのか聞こえなくなってしまった。
さすが井坂…
動揺っぷりが俺の比じゃねぇな…
俺が上には上がいたと微妙にもやっとする気持ちに視線を下げたら、同じようにテンションを下げている人が視界の端に映った。
その人物とは西門君と何か話していた八牧さんで、西門君が話を終えて去ったあとに苦しそうに顔を歪めている。
何かあったんだろうかと思い、興味本位で声をかけにいくと、俺に気づいた八牧さんの表情がいつものものに戻った。
「西門君と何の話?」
「別に?島田君には関係ない事だよ。」
「……そう?」
キパッと壁を作られてしまうとそれ以上何も聞けなくなり、俺はただ八牧さんと並んで再会に湧く集団を眺める。
八牧さんは何も言わなかったけど、俺と同じように集団を見つめていて、やっぱりどこか元気がないように感じ、俺は気になりながらも声をかけられなかったのだった。




